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メディアと社会第2部:ジャーナリズムの存在価値 (ジャーナリズムの倫理と責任 その10)

2019年5月6日 渡辺武達

4月1日(2019年)、あたらしい元号が「令和」(れいわ、Reiwa)となったことが発表され、月末30日に天皇が譲位により「上皇」に、皇太子が天皇にと代替わりした。二人は「象徴」としての自らの役割を日本国民の幸せと国内外の平和とすると宣言、それを国民に「おことば」として告げた。

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現行憲法が天皇を「象徴」とし、9条において「戦争放棄」が記されたのは米国主導のた連合軍が日本に再軍備させたいためであったことは常識だが、両国の軍産主義者とそれに迎合する政治家たちが「自己都合」で増えてくると「侵略はいけないが防衛まで憲法は排除していない」と言い出した。

侵略はいけないのは当然だが、過去の日本でもそれらの条項を作ったアメリカでも、戦争をするときは「侵略」を「防衛」と言い換えて実行してきたし、今でも各地の紛争と戦争の始まりはそのようないい方で始められていることだけは私たちは忘れないでおきたい。

新元号の「令和」決定過程でもけしからん事情があったことがいろいろ明らかになってきた。

その一つは新元号案をだすことを委託された委員会案には当初、「令和」はなく、安倍晋三首相側の別筋から後から差し込まれた、理由は中国の古典ではなく、「大和(やまと)の文集」から採用し、できるだけ中国離れをするため万葉集に典拠があることを説明する目的からだったという。しかも最終審議会に示された用紙には目立つようにそれが最後尾の左端に置かれたという細工までされたとか。普通の日本文は縦書きの場合、右行から左に移動して読むから、たいていの人は最初と最後だけ記憶に残し、とくに最後はきちんと頭に残す・・・じつに手の込んだやりかたであったわけだ。
もちろん、決定者のなかの一部の人には事前に政府=安倍晋三氏の希望が「令和」であることがそれとなく、つまり「間接的」に伝えられていたことは想像に難くない。

令和Reiwaの公式的な英訳は Beautiful Harmony にされたがそれはそれでよいのだが、無知であるわりに狡猾な安倍氏とその周辺に元号まで私利私欲的に決められてはかなわない。

 日本の場合、元号は史実とは関係なく・・・より正確にいえば「史実を時の権力者に都合よく捏造したり無視」して、その民族、文化の創立/創始時代をその時の権力に都合よく記録してきた(高橋鉱・所功『皇位継承』1998年刊)。もちろん、他国の歴史でもにたりよったりだが日本の場合は天皇を神として祭り上げ、その構造を利用して国民を戦争に駆り立てた。しかもそのために、戦争中は明治・大正・昭和といった元号ではなく、神武天皇即位紀元=皇紀(西暦+660年)を「憲兵政治」の真っ最中では使っていた。なのに、今回多くのマスメディアがこのことに触れていない。ちなみに、世界的に一般化しつつある西暦もキリストの生まれた年を元年としていると称しているがこれも「史実」とは違う。電子新聞『メディアウオッチ』発行者=今西光男がこのことについて今度の政府発表に仕方やマスコミ報道が触れないことを皮肉っているが同感だ(『メディアウオッチ』1156号:2019年4月1日発行)。

そうしたことを考えると安倍晋三内閣総理大臣/菅義偉内閣官房長官を中心として今回の改元を巡る動きのすべてが国家のありかたと国民の幸せもグローバル社会の平和構築への方向性がないからとにかく安っぽく見える。せめてのユーモアといえば、「菅官房長官」が墨書された新元号を掲げた時、ほんの数秒間だがNHKテレビでは手話通訳によってその額が隠され「新時代が消えた」たことであったぐらい・・・

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左:得意げな菅長官        右:隠された新元号  
       
☆また「アンビグラム」という手法で文字や絵をひっくり返し、「令和」は「平成」の裏にすぎないというのも諧謔の部類だろうが庶民の遊びとしてはおもしろい。

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閑話休題

昭和天皇は1975年を最後に靖国神社を参拝しなくなった理由が1978年10月のA級戦犯合祀)だったことを富田朝彦元宮内庁長官が明らかにした(富田メモ)。平成天皇もそれを受け継いで靖国にいかなかったことは「大東亜共栄圏」などという軍部と一部政治家、経済界の甘言に騙されアジア侵略したばかりか、国民に犠牲を強いて命を失わせことへの悔恨、そしてそれを銃剣で推しつけた軍幹部が靖国神社に祭られていることを許しがたかったのであろう。
平成天皇によるその具体化が彼自身によるアジア諸国や沖縄を含む旧戦地への慰霊の旅と繋がっているし、前天皇、新天皇による「国民の象徴とは何かをよく考えてまいりたい」という言葉にも表れている。

敗戦と終戦
 本稿の前々前号(2019年3月18日発)では日本の権力構造論において欠かせない天皇の戦争責任論について、①明治時代以降、ポツダム宣言(Potsdam Declaration、1945年7月26日、ポツダムで米英中が合意署名した文書)の受け入れを昭和天皇が「玉音放送」で世界に「公告」するまでの戦争の最高責任者は憲法上「現人神」の天皇であったこと。しかし、実際にはその天皇を操っていた軍部とそれを利用していた政経権力(政治と経済の合同権力)とその追随宣伝機関であったマスメディア(新聞とラジオ=当時は現在のNHKだけ)であったことを示唆した。

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左からチャーチル、トルーマン、スターリン 右:敗戦を天皇に詫びる国民(やらせの説があるがイラクのフセイン像倒しでも同じ心理構造で、全面的「やらせ」ではなく、「演出」=事実の効果的な情報送出であろう。)

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そこから浮かんできたのは少なくとも15年戦争(直近の戦争への鶴見俊輔らの命名)について、法的には天皇はその責任を免れない。が、そうしたところに天皇を仕向けたのは大きくは江戸幕府からの大政奉還によって生まれた明治政府を牛耳り、天皇を利用しつくした日本の支配階層/軍部を中心とした構造であったことは先述した。その一部について、第2次近衛内閣で内閣総理大臣秘書官を務めた細川護貞が敗戦(1945年)までの2年間に記した『情報天皇に達せず』同光社磯部書房、1953年、上・下巻に触れながら前回も記した。
☆この本の頁記載は上下刊の通しで、上巻本文は1~241頁、下巻~460頁。

☆なお敗戦を昭和20年8月15日(玉音放送の日)とするか、ミズーリ号上での降伏文書への調印の日とするかについては議論があるが、前者は日本政府が敗戦を国家として決意し、連合国に公式に伝えた日、後者は国際法理的な敗戦日であり、「日本の敗戦=終戦」はやはり「8月15日」であろう。

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☆ミズーリ艦上で降伏文書の調印に臨む日本側全権団。中央の燕尾服姿が重光外相。【AFP=時事】

1945年9月2日、東京湾上の米戦艦ミズーリ号の甲板で降伏文書の調印式が行われた。日本側の全権団は重光葵外相、梅津美治郎参謀総長らで、これを迎えたマッカーサー元帥は「相互不信や憎悪を超え、自由、寛容、正義を志す世界の出現を期待する」との演説で終戦を宣言し、真珠湾攻撃から足かけ5年にわたる太平洋戦争は公式に終了した。(この項続く)

追記 2019年5月1日、CGTN(CCTV中国中央テレビの国際放送)英語討論番組「令和時代の天皇の役割」にスカイプで生中継出演した。以下でご覧いただけます。 https://youtu.be/YphM2
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メディアと社会第2部:ジャーナリズムの存在価値 (ジャーナリズムの倫理と責任 その9)

2019年4月27日 渡辺武達
Japan’s balancing act between China and the U.S.
April 27, 2019 By Takesato Watanabe
Political Scientist, Professor Emeritus at Doshisha University, Japan
   Write to: twatanab@oak.ocn.ne.jp


The world politics is rapidly moving but nobody can deny the fact that the key factors are coming from the two tops: American President Donald Trump and Chinese President Xi Jinping. Japanese Prime Minister Shinzo Abe wants to be a key figure or mediator between the two tops but it will be in failure. China knows Abe’s stance and his chemistry well which is similar to those of Trump. It is clearly shown in the photos below.

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The Left: Smiling PM Shinzo Abe of Japan with Donald Trump(U.S. President)and The Right: Frowning Abe with Xi Jinping (Chinese President習近平中国国家主席、総書記)

There might be following five elements in the supposedly so busy diplomatic activities of Japan’s Prime Minister Shinzo Abe in the end of April and coming May and June.

1.In the latest by-election of National Lower House representatives in Okinawa and Osaka of April 7, Abe’s Liberal Democratic Party suffered from miserable results, which forced him to use international diplomacy as a tool to boost his popularity again at least inside Japan to prepare for the coming nation-wide election of July.

2.Abe doesn’t have close mutually reliable friends in Asia especially in East Asia when we consider the area composed of China, Japan and both Koreas. For the reason of this, Abe appears to be using every opportunity including even the Emperor's accession so as to court for U.S. President Donald Trump, who seems to have similar ‘chemistry ‘ in political style, to visit Japan as the first foreign official state guest.

3.Not only diplomats but also almost all the political scientists and economists know that world politics at present are, good or worse, strongly influenced by the two countries: America and China. Under such an environment Abe is rushing to Washington to court President Trump and furthermore he is for his own benefit to use even the Japanese new Emperor's abdication of the throne.

4.Japan hosts G20 Summit Conference in June and he will have direct meeting there with President Xi Jinping of China. And before that Abe wants to get at least the promise of support from US President Trump which, both might believe, makes them happier in the negotiations against China in the world politics.

5.Japan’s relations with both Koreas (not only North but also South) and Russia are not good so that Abe wants to turn the eyes of the people aside through colorful meetings with leaders of the world during G20 especially by the special performances with President Trump, by which at the same time the two want to show unity before other leaders especially before President Hi of China.

Not only Abe himself but also his congressional supporters plus their followers know on the above mentioned and he naturally come to wants to utilize every possible occasion to upgrade his own reliability among the innocent people. But we see that economic circles in Japan already recognized the global business environmental changes favorable for China, which is symbolically represented by One Belt, One Road Initiative: OBOR for which the rapid increase of Japanese investment increase toward joint ventured factories and organizations with Chinese counterparts.

In addition to such phenomena it is necessary for us to know that the world is more complicated than Abe and his followers’ understandings when we see the global balance of the world security. Abe’s idea or rather I should say ‘his sense of politics’ is based on his own personal fabrication. That is to say: he seems to believe that Japan has been and is or can independently stand of neighboring countries especially of China. One of such examples is clearly shown in the press conference publicizing the new name of royal era ‘Reiwa: 令和, Officially translated by Japanese government, meaning ‘beautiful harmony’.

Abe said the word was taken from ‘purely Japanese literary anthology of poems Manyoshu‘万葉集 which is actually strongly influenced by Chinese culture. Needless to say Japan and Japanese have learned a lot from China including Chinese character:漢字 but he wants to make as many things as possible in Japan were made independently of China and its people. In addition to those things he is distorting the true history: Even Emperor Showa who was supposedly started the last war stopped going to Yasukuni Shrine in 1975 when he knew that A-class war criminals were enshrined in there. Present emperor has followed his father until now for the past thirty years. Like this many Japanese are worried much about Abe’s historical distortion which might mislead them to incorrect understanding of the world history and also to disorders against the wish of the people.


ENDIT

ディアと社会第2部:ジャーナリズムの存在価値 (ジャーナリズムの倫理と責任 その8)

2019年3月18日 渡辺武達

メディア研究は人びとが有する情報をやりとりするコミュニケーション過程とそれに関係する社会的実相の総体解明をその目的とする。究極的には社会に流通する情報の質的改良を目指すことから「情報と社会の公益性(社会性と公共性のプラス価値)拡大と向上のための社会医療学」とも言い換えることができる。

この「メディアと社会」論第2部ではそうした枠組みからマスメディア・ミドルメディア・マイメディアが混淆する現在のメディア状況とその実相を具体的に検討し、その病理への処方箋づくり、どのような視点でどのような素材を取り上げ、どうように発信していくかの基本姿勢について語っておきたいと願う。

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唐突なようだが、私たちが今、現代のメディアとジャーナリズムの責任を知るためには社会の最高権力とその実態、そしてそれに従うことを多様な仕方で強いられている市民階層/公衆とにメディアはどのようなスタンスでアプローチしているか、出来ているかを問い、検証しなければならない。しかも、どのような組織でもその代表者、権力層が実際にしていることの検証なしにそこで機能している力学構造を理解することはむずかしい。それは日本だけではなく、世界のどの時代の、どの地域においても例外ではあり得ない。ふつうの市民、生活者は自ら生きている社会にへばりついて生きるしか途がないからである。

とすれば、現代日本社会を対象としたメディア論では少なくとも大日本帝国憲法(通称:明治憲法、1889年/明治22年2月11日公布、翌1890年11月29日施行)における明治天皇の存在とその法的規範・規程およびそれらの結果としての体制がもたらした戦争と国内外の戦禍がどのような権力行使によってもたらされたのか、そのことを情報論的視点から構造解析していくことがとりわけ重要となる。なぜなら、近代日本の理解とその位置づけには近隣諸国との戦争(相手国からはしばしば侵略戦争、植民地支配戦争と批判されているし、実際にもそうだから)とメディアがそれらの力学を拡大強化して人びとに伝え、結果として加害活動に参加させられた市民/国民の置かれた信的構造の検証なしに、日本人は前に進むことがむずかしい。

天皇の俗世間的位置づけ

 年齢や立場、能力、その時に置かれた条件等による違いはあるが一般論としていえば、人間の行動、とりわけその過ちにはなにかしらの責任がともなう。しかし日露戦争や朝鮮半島、中国大陸、東南アジア諸地域への日本による「侵略」戦争においてその計画と実行を担った軍人幹部の中でみずから相応の責任をとり、加害者責任をその後の生き方のなかで建設的に果たそうとした旧軍人高級幹部はいない。そのうえ、それらの「無責任」者が今再び表に立とうとしている。そしてその期の日本国の法制度上、そうした無責任な軍人幹部と政治家たちの上に「君臨」していた(実際にはそうさせられ、祭り上げられていた)日本国天皇の場合、その戦争責任はどのように位置づけられるのか?

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明治期以降の戦争において天皇が社会の実相と日本が置かれた国際的位置について正確に知っていたか、知らされていたかといえばすくなくとも敗戦色を隠せなくなったポツダム宣言受諾(1945年8月15日)一年前ほどまでは上掲書の題名通り『情報天皇に達せず』であった。その意味は実際に天皇が敗色が濃くなった戦況を知ったのは沖縄への米軍上陸や東京空襲が始まってからでもなく、それ以前にも信頼された側近から知らされていた。

しかし「法的に絶対的」であった天皇も軍部とりわけ東條英機が指導した陸軍のごり押しに適切な決断を妨げられていたといってもいいだろう。また東條には民を想う政治哲学がなかったがその割に「皇室などに礼賛者がある」のは「支那=中国でのアヘン密売利益を使っていたからで、その額16億円にもなり、その汚れた資金によって、軍や天皇に仕える宮内省幹部などへの付け届けに使っていたことがあったからだ・・・例えば秩父高松両殿下には自動車をひそかに献上し、枢密院顧問官には会うたびに食物衣服等のお土産といった生活物資まで、しこたま付け届けしていたから(昭和19年10月15日、同書下巻、313頁)などと記されている。といっても、東條を筆頭とする軍幹部だけが堕落し、戦争責任があり、天皇にその責任がなかったというわけではない(この詳細は別記)。この日記の著者細川護貞は第2次近衛内閣で内閣総理大臣秘書官を務め、ある程度まで戦後のごたごたが落ち着いた1953年に冷静な記憶と記録の整理を経て当該書を出版しており、その記述の大枠は信用できる。

天皇は日本国民/市民ではない?

天皇は生物学的には他の日本人と同様の「人間」であるが、法規上は「一人の日本国民/市民」としての人間ではない。まさに「外部からは触れることができない象徴」として君臨していたわけで、明治憲法だけではなく現行憲法の規定においてもそうであり、大手メディアでは批判的言及は事実上のタブーである。国家の最高法規である憲法では現天皇を「日本国と日本国民統合の象徴」(憲法第1条)とされ、「国政に関する権能を有さない」(第4条)。つまり「象徴」であるから政治的発言はできないし、政治的だと判断されるすべての言動はご法度だということにされている。しかし具体的な線引きがあいまいで、「譲位」についての自らの提言など、ときおり問題になり、それを「政治的発言」と解した人たちからは批判的に取り上げられる。もちろん、彼にはもちろん、選挙権も被選挙権もない。「生物学的には人間」ではあっても象徴としてただただ「存在する」だけで、対外的発言の自由は「ほとんど」ない。

繰り返すがそのような天皇も生物学的には私たち一般人と同じ人間=動物である。そうであるかぎりご本人が自由でありたいと心のうちにひそかに希望を持つことはあろう。しかし、最高法規である現行憲法に天皇制という「システム」についてのそのような規程があるかぎり、彼はその範囲で動かざるを得ないし、動いてもらわねばならない。と同時に、外部のいかなる勢力もそれを逸脱して天皇と天皇家を利用してはならない。だが、その逸脱がしばしば現実政治を行う人たちの一部によってなされている。かつて日本から侵略を受けた国々からの批判はまた別の視点からの考察が必要だが・・・。

韓国からの「戦犯」呼ばわり

その日本の天皇についてこのところ、韓国政府関係者からの批判的言及がしばしば問題になっている。それは外交的にギクシャクしている日韓関係の余波ともいえるが「改善には戦犯のドンである天皇が従軍慰安婦の手を取って謝罪すれば問題は解消する」という文喜相韓国国会議長による発言が公開の席上でなされたのもその一つだ。またこのほど第2回目の米朝首脳会談をベトナムのハノイで開いた朝鮮半島のもう一方の当事国トップである金正恩(キムジョンウン)委員長も「『拉致問題』は我々の誠意と努力により、既にずっと前に全て解決した問題なので、これ以上は存在しない」などと言い放っている(朝鮮中央通信など)。

☆「日本の未来は過去の清算にある-朝鮮中央通信社論評」:「拉致問題は「解決」しており「存在しない」、日本は「謙虚な反省」を (2019年1月16日 「朝鮮中央通信」)
☆また、2019年2月7日/文喜相韓国国会議長への米国メディア・ブルームバーグによるインタビュー発言にはこうある。「一言でいいのだ。日本を代表する首相かあるいは、私としては間もなく退位される天皇が望ましいと思う。その方は戦争犯罪の主犯の息子ではないか。そのような方
が一度おばあさんの手を握り、本当に申し訳なかったと一言いえば、すっかり解消されるだろう」

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かつて植民地化され国土を蹂躙され、戦争の被害者であった南北両朝鮮の政権担当者/幹部が上記のような発言をすることにはまったく根拠がないわけではない。しかも加害者側である日本サイドは、法理上も現実政治的にも、社会倫理上も多くのことを再考して出直さなければならない。南北朝鮮の指導者たちの言動に反発するだけではいささかあつかましいし歴史認識にも欠ける。その反対に傍観するだけでは歴史は前に進まないから両者の認識の違いを明らかにして「和解の道」を探る努力が必要だが、現実の3国(南北両朝鮮と日本)の指導的政治家たちはそのことに背を向け、自己都合の言動で自国民の支持率を高めようとすることに熱心・・・、対立を煽ることで利を得ようとしているとしか見えない面も確かにある。

☆この問題は日中関係にもあり、まずは南北両朝鮮と中国と日本の良識ある人たちが和解の筋道と可能性を探る方策、可能な実行案を探る必要があろう。これを「東アジアの和解学」と呼んでおく。

ポツダム宣言受諾の「玉音放送」

先の戦争(多くの呼称があるが鶴見俊輔に倣い「15年戦争」と仮に呼ぶ)時の天皇は昭和天皇(第124代天皇、在位: 1926年〈大正15年/昭和元年〉12月25日~1989年〈昭和64年〉1月7日)であった。その意味では間もなく退位する現在の平成天皇(今上天皇)は現代法に基づいていえば15年戦争についての法的責任はあると推量できるが、現実にはない。が、天皇は世襲であり、しかも現在の戦後憲法では「象徴」でもあるがその生き方として、戦争についての責任の有無論は簡単ではない。なぜなら、15年戦争の責任論は加害者と被害者の体験とその後に教え込まれたメディアによる提供情報に大きな影響を受けているからだ。

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戦争開始時および終結時/ボツダム宣言受諾時の憲法は明治憲法「大日本帝國憲法」で、そこには「天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ」とある。つまり昭和天皇は実際にはどうであったかは別にして、法的にはその立場から「行動していた」と解釈されても仕方がない。だからこそ昭和天皇は「国の元首」としてポツダム宣言受諾のラジオ放送=玉音放送を自ら発話したわけである(実際には前日に録音した音声が1945年8月15日正午のラジオで流された)。ついでにいっておけば、陸軍幹部はその玉音放送を阻止しようとしてそのレコード原盤を押収しようと関係各所を探し回ったとの記述が前掲細川護貞(1953)『情報天皇に達せず』にある。

☆天皇 第一條:大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス 第三條:天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス 第四條:天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ

 つまり天皇は法的にはすべての総覧者として権力の総責任者であった・・・しかし実際には天皇は神ではなく能力的な限界があるし、知的な情報は周囲で助ける人たち=補弼者による助言から得るしかなかった。
☆明治憲法第五條「天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ 第六條:天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス・・・」
つまり彼はそうして与えられる情報を基にして動いていた(より正確には「動かされていた」)に過ぎない。つまり国家の仕組みとしては最高権力者であったとしても、「真の情報」は「天皇に達せず」というのが真相であった。そのことに昭和天皇が後に気づき自らが操り人形として多くの国民に苦しみを与えたことを反省していたことは、彼が戦後いちども靖国神社に参詣することはなかったことに象徴的だし、彼の発言と行動を受け継いだ現天皇によるかつての侵略地や沖縄への「懺悔の旅」によく表れている。それに比すれば、まごうかたなき「戦犯」としての悪行を重ねてきた現在の日本の「総理安倍晋三と副総理麻生太郎は恥知らず」であるといって差し支えない。そして彼らを国政のトップに君臨させている私たち国民もメディアも褒められたものではない。

 ☆15年戦争中の軍部とくに陸軍と天皇との関係は第2次近衛内閣で内閣総理大臣秘書官を務めた細川護貞が当時の情況を克明に記した日記『情報天皇に達せず』1953年 同光社磯部書房、上・下巻 を読めば一目瞭然である(表紙写真は冒頭に掲載)。

歴史から私たちは何を学ぶか

 もちろん、先の戦争=15年戦争は唐突に起きたわけではない。江戸時代からの鎖国期と大政奉還をもたらした討幕運動という内戦を経て天皇政治が復活、産業復興を目指した明治期に日本の植民地主義の本格的な始まりがある。天皇が政治の頂点に位置し、軍部がその制度を「戦争を起こすことで自己権力の維持の道具に利用」したという面が強いということである。

しかもそれと類似の権力構造がロシアにも中国にも朝鮮半島の諸政権にもあり、そのもたらした抑圧の構造に民衆がたえず犠牲者とされてきたことも確かである。その点でも日本とその近隣諸国にも社会構造上の共通性があった。とはいえ、戦争は先に仕掛け相手国を侵略、略奪と殺戮を繰り返したものの責任が免れることはない。
つまり現在の政治国家である南北朝鮮(大韓民国=南と朝鮮民主主義人民共和国=北)でも、中国でも国内的には類似の過酷な民衆統制があった、とはいえ、日本がそれらの地域の民衆解放を目指して進攻したのではなく、あきらかにそれは日本が自己利益のために踏み込んだ侵略であったということである。

明治以降の朝鮮半島と日本との関係でいえば、一方的に日本側が批判されても仕方がない構図で日本が行動したことを認めなければならないないし、中国との関係でも同様のことがいえる。つまり、現在の朝鮮半島の2国からすれば、やはり日本の昭和天皇は戦犯であろう。だが、日本に住む現在の日本人である私たちは現在の日本社会が国際的にどのように位置づけされているかについて、安倍晋三首相(現・日本国総理)やドナルド・トランプ米大統領、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長、韓国の国会議長や大統領などによる自己利益的発言や見方に翻弄されているばかりでは未来に向かう積極的な平和創出活動を展開することはできない。このことは中国やロシアとのこれからの関係構築についてもいえる。

そうした歴史の流れのなかから自らを眺め、認識しなければ、メディア関係者(メディア事業者とその研究者)によるいかなる議論、とりわけ人びとの世界観形成に大きな役割を果たしているメディアとその活動は根本を意図的に軽視もしくは意図的に無視した空論になってしまうであろう。(この項つづく)

...

2018年2月9日(土)朝日新聞朝刊第3面「てんでんこ」

2018年2月9日(土)朝日新聞朝刊第3面「てんでんこ」
インタビュー by東野真和氏(朝日新聞編集委員) 伝える=25 視点

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☆2016年3月、岩手県大槌町の災害FMが惜しまれながら閉局した。

■地域メディアで住民は賢くなる。地域をよくするためにジャーナリストは書く。

「伝える」では、被災地に根づくラジオ、テレビ、新聞、ウェブを紹介してきた。国内外の地域メディアにくわしい渡辺武達(わたなべたけさと)・同志社大名誉教授に、住民自身が情報を伝える意味について聞いた。

 ――地域メディアのログイン前の続き存在意義は何ですか。
 「住民が賢くなるということにつきる。地域の情報に多く触れることで地域の課題に関心を持ち、議論が始まり、行政を監視する意識も高まる。情報を受ける側もそうだが、まずは集めて発信する側の成長が期待できる。地震後に始めた『大槌新聞』やウェブの『阿蘇西原新聞』の女性たちは、その例だ」

 ――とはいえ、紙媒体は経営が大変です。
 「秋田で週刊新聞『たいまつ』を書き続けた反骨のジャーナリスト・故むのたけじも、一番苦労したのは新聞を売ることだったと語っている。読者や広告主は見返りがないとお金を出さない。工夫や協力者は必要だ」

 ――地域のFMも運営費がかかります。
 「米国では、夫婦で運営し、普段はほとんど音楽を流し、災害時に切り替わる、というところが多い。国土が広く、すぐ公的な助けが来そうもなく、隣家も遠いところでは、地域情報を得る手段としてよく聞かれている」
 「日本でも、津波常襲地の三陸沿岸などでは都市部のように周波数が重なる心配もなく、コミュニティーFMを低コストで運営できるように基準を緩和すべきだ。行政も、普段から庁舎の一室を提供するなどの便宜を図れば、災害時は情報伝達に力を発揮する」

 ――地域メディアは全国メディアの縮小版なのでしょうか。
 「いいえ。例えば視点が違う。中央の目線や全国平均の基準を押しつけるべきではない。もちろん地域エゴでもない。国益が『国エゴ』ではないのと同じだ」
 「ベトナム戦争をテーマにした著作などで知られる米ジャーナリスト、故D・ハルバースタムは私に『コミュニティーをよりよくするためにジャーナリストは書く』と語った。彼の言うコミュニティーは、地球全体から家族までを指すが、私はジャーナリズムの原点は地域にあると思う。社会で地域メディアを積極的に育てていくべきだ」  
 (東野真和)

京都新聞2018,12,20「トランプ政治、なぜ命脈保つ」

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プロフィール

twatanab

Author:twatanab
本人略歴

渡辺武達(わたなべ たけさと) Takesato Watanabe, Japan
愛知県生まれ。同志社大学教授(社会学部メディア学科)を経て、現在、同志社大学名誉教授、日本セイシェル協会理事長、京都メディア懇話会会長。国際メディア・コミュニケーション学会国際理事、国内、国外での講演・執筆活動やテレビ出演、セイシェル関連でのテレビ番組コーディネイター等をしている。

メディア関係の社会活動として、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター代表(2003-7)、関西テレビ番組審議会委員(1996-2010)。京都新聞報道審議会委員(2000-2015)、など。(2016年9月現在)

Takesato Watanabe: Professor Emeritus at Doshisha University, Japan, Media& Information AnalystPresident of Kyoto Council on Media Studies and PoliticalScience=CMSPS)Kyoto International Council of International Association for Media and Communication Research=IAMCR Chairman of Japan-Seychelles Friendship Association (As of September2016)

著訳書:『ジャパリッシュのすすめ(朝日新聞社、1983年)、『テレビー「やらせ」と「情報操作」』(三省堂、1995年)、『メディア・トリックの社会学』(世界思想社、1995年)、『メディアと情報は誰のものか』(潮出版社、2000年)、“A Public Betrayed”(『裏切られた大衆』(2004年、米国Regnery刊、A. Gambleと共著)、『メディアと権力』(論創社、2007年)、『メディア・アカウンタビリティと公表行為の自由』(論創社、2009年)、『自由で責任あるメディア』(論創社、2008年)、『メディアへの希望 積極的公正中立主義からの提言』(論創社、2012年)、『メディアリテラシーとデモクラシー 積極的公正中立主義の時代』(論創社、2014年)、『メディア学の現在』(共編、世界思想社、2015年)など。

1980年代からテレビ制作に関わり、ファミリークイズやドキュメンタリー番組を作る。現在はCCTV(中国中央テレビ)英語国際放送などに衛星生中継で出演。専門はメディア社会論、国際コミュニケーション論。

Statement: Takesato Watanabe (as of May 2016)

Takesato Watanabe is Professor Emeritus,Doshisha University, Japan and President of the Kyoto Council on Media Studies and Political Science. After studying Journalism and Mass Communication at Doshisha University, he taught Journalism Ethics and Mass Communication Theory at that university for 25 years. He also acted as an advisor for International Department of The Japan Society for Studies in Journalism and Mass Communication. In his media career, he has been a TV coordinator for over thirty years, a newspaper columnist and a commentator for China Central TV since 2007. He has published over 25 books, including co-authored and edited volumes; also in English, A Public Betrayed: An Inside Look at Japanese Media Atrocities and Their Warnings to the West, published in the United States.

Among his major translations from English into Japanese are A Free and Responsible Press by the Commission on Freedom of the Press (1947) and Denis McQuail’s Media Accountability and Freedom of Publication (2003).

He wishes to contribute to making IAMCR a stronger organization that will play a role in preparing an information environment for world peace through media studies and practices.

Author: Takesato Watanabe, Professor Emeritus at Doshisha University, Japan.

Media & Information Analyst

渡辺武達(メディア・情報学者)

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