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第26回京都メディア懇話会定例会(2018.2.22)

演題:若者の性意識と性情報リテラシー
場所:同志社大学寒梅館6F大会議室(寒梅館は烏丸今出川を北に100メートルほど上がった烏丸通西側の7階建てビル)
時間:18:30~20:00(2018年2月22日)

発題者:NPO法人SEAN理事長 小川真知子氏


略歴:立命館大学・神戸大学大学院卒。
1984年設立の「コマーシャルの中の男女役割を問い直す会」で吉田清彦氏と活動。
特定非営利活動法人SEAN(〈ジェンダーと暴力〉人権講座と授業・調査研究)理事長、大阪市立大学非常勤講師
発題概要:
1. NPO法人SEANの事業とポルノ被害相談を請け負うまでのおおまかな流れ
・私の活動とNPO法人SEAN
・ポルノ被害とはなにか 
*NPO法人SEANのHPより*
わたしたちの日常には、「性」を商品として扱うモノがあふれかえっています。特に、女性は男性に比べ、そのように扱われがちです。 ここでは、ポルノを性表現一般のことではなく、
「女性、子ども(時に男性)を見世物的に扱う、また虐待的に扱う性的描写物(実写およ非実写)」を指す言葉とし、その制作から始まって、流通、消費、社会的流布などを通じて発生している性被害を「ポルノ被害」と呼びます。
商業ポルノとして流通する性的描写物の中には、カップル間で撮られたものや、盗撮や強姦などの性被害で撮られるものも含まれています。
*PAPS https://paps-jp.org/aboutus/harms/)
①制作被害
 制作過程で、契約や同意に反する撮影を強要される。撮影時に暴力を受ける。
 裸体や性行為の盗撮や、性暴力被害を撮影される など
②流通被害
 制作被害物のネットなどで流通される。カップル間で撮った性的画像を無断で流通される。
 いやがらせや報復のために、性的な写真や合成写真を流通される など
③消費被害
家庭や職場などで意に反して、ポルノを見せられたり、ポルノ的な行為を強要される。
そのポルノの影響を受けたものから、痴漢やレイプなどの性暴力を受ける など
④社会的被害
公共の場で不意にポルノ的なもの目にし、苦痛を感じる。女性を性的消費物とする見方を一般化または環境化し、女性の尊厳を傷つけ、社会的地位を低下させる など
⑤.存在被害
ポルノが他人に所持され、使用され続ける。また、脅迫やいやがらせに使用される など

2.性情報リテラシーと現代のメディア

3.デートDV予防教育からみたジェンダー規範と若者の性意識「女性性の商品化」

4.リベンジポルノ被害、児童ポルノ事件とポルノ被害 (AV出演強要)

5.子どもの問題は社会の問題、社会の問題は国の責務
「誰もがありのままを大切にされ、活かされる社会」のために今日からできることは?

コメンテーター:齊藤修(「京都メディア懇話会」理事長)
司会:永井るり子(京都光華女子大学非常勤講師)

                (以上)



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第23回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年10月)

地域が語り部―平和池水害(ダム決壊)とメディア

発題者:中尾祐蔵氏(地域ジャーナリスト)
コメンテーター:十倉良一氏(京都新聞論説委員)
司 会:新村章氏(元KBS専務取締役)

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第23回月例会では中尾祐蔵氏(元京都新聞記者・現地域ジャーナリスト)が「地域が語り部−平和池水害(ダム決壊)とメディア」と題し、1951年に起きた平和池水害の記録と伝承の取り組みについて報告した。

 1951年7月11日未明、京都府亀岡地方は記録的豪雨に見舞われ、山中の農業用灌漑ため池「平和池ダム」が決壊し、鉄砲水となったダム湖の水が年谷川流域の集落を直撃した。亀岡地方だけで100人近い住民が犠牲者になり、京都市内を含めた死者総数は114人、負傷者238人、家屋全半壊268戸という戦後復興期の大規模災害であった。最大の被災地となった亀岡氏篠町柏原(かせばら:当時は南桑田群篠村字柏原)は全80戸のうち40戸が流出し、うち子供25人を含む住民75人が犠牲となった。中尾氏本人も被災した。

 中尾氏はこの大規模災害を紹介したのち、新聞やラジオなどの当時のメディア報道についても言及した。決壊の原因追求から大規模災害を人災と捉える報道も一部紙面には登場したものの、京都地検はダムの安全設計を超えた大雨が決壊の原因だと判断を下し、ダム決壊の責任を誰も取ることはなかったという。その後、平和池水害は忘れられていったが、水害発生50年をきっかけに住民の手によって災害記録づくりをしようとする機運が高まり、2002年に水害資料収集・編纂特別委員会が区内に設置され、資料収集と聞き取り調査が始まった。京都新聞丹波版でも中尾氏による「平和池水害54年目の証言−柏原75人の鎮魂歌」が2005年2月から1年間にわたって連載され、2009年3月には平和池水害の記録をまとめた『平和池水害を語り継ぐ-柏原75人の鎮魂歌』が自費出版された。

 中尾氏は、今後も災害について次世代に語り継いでいきたいと話した。2017年の京都府広報課が全戸配布した「府民だより6月号」に掲載されていた「府内の主な災害記録」にすら平和池水害が記載されていなかったが、府や市への働きかけにより9月1日「防災の日」に府南丹広域振興局が2市1町に配布した防災冊子で紹介された府災害記録表には「平和池水害」が記載されたという。最後に、中尾氏は次世代を担う子ども世代を巻き込んだ独自の防災教育を充実させる必要性について語った。

 中尾氏の報告を受けてコメンテーターの十倉良一氏(京都新聞論説委員)はマスメディアの取り組みとして、学者・研究者や行政機関、マスメディア関係者といった組織の垣根を超えた勉強会である「関西なまずの会」の活動や名古屋のマスメディアと研究者による懇話会「NSL (Network for Saving Lives)」、河北新報を事務局とする「みやぎ防災・減災円卓会議」を紹介した。また、十倉氏はマスメディアの現在の課題として、災害勉強会に若手記者をどのように引き込むかといった組織内の問題や、避難アナウンスが地域に届かないなどといった報道の課題について触れた。最後に、十倉氏は防災・減災のために専門家、行政、住民を橋渡しする役割をメディアが積極的に果たすべきだと述べた。
 
中尾氏と十倉氏の報告を受けて、会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。参加者からは「全国のローカル紙が連携して、災害の継承報道ができるような体制をつくっていく必要がある」という意見が出された。また、他の参加者は「災害記憶の継承として、メディアには災害の記憶をまちづくりなどに反映させる責任がある」と述べた。さらに他の参加者からは「新聞社の使命とは災害を伝えるだけにとどまるものではない。市民の命を守るということができてこそ、初めて新聞社は新聞社としての責任を果たしたと言える」という意見も出された。活発な議論を通して、災害継承報道の現状と課題が明らかになった。
(まとめ:京都メディア懇話会事務局長・阿部康人)

出席者感想1.
史料を丹念に掬い上げられ、更に一冊の本(「平和池水害54年目の証言―柏原75人の鎮魂歌」)に編まれた中尾様の執念ともいう凄まじい思いが感じられる御発題だった。
 
中尾様の集められた数々の検証から当時の事実が詳らかになっていくプロセスで、ため池とは名ばかりで、農林省の国策上、ため池という名を付けたダムなのだという確信こそが、読み応えのある本に昇華されていった証左だと思う。
 
現在、中尾様は地元小学校を巡って、この災害を伝える活動をしておられるが、行政の若い人に向けても、例えば、京都府庁や市役所の新人研修でも、同様の語り部活動を出前講座形式でされたら良いのではと思う。そして行政の研修プログラムに入り込むために、メディアの現役の方がそれを後押しできないだろうか。そうすれば中尾様が憤っておられた様な、今年の府民だよりに平和池災害が欠落していたというゆゆしき事態も改善できよう。
 
私は、昨年まで、日本宅とジャカルタ宅を行き来していた。当地インドネシアでは、やはりODAなどが主導し、日本の建設業者がしきりとダム建設を進めているのだが、農業用水・生活用水などの治水がよくなるその一方で、環境破壊や、無理な立ち退きなどから、地域住民の反対運動が起きているのも事実である。故・鶴見俊輔氏の姉、故・鶴見和子女史が唱えた、住民の民意をもってする「内発的発展」と外部からの資本や近代化政策による「外発的発展」という二つの基軸で街づくりを考えるとき、何が何でもダムを造ればよいという安易な外発的発展は、地元民にとって本当に良いのだろうか。責任の所在も含めて、今一度、街づくりの観点からも、ダム建設についてメディアが市民に考える材料を提供するべきだろう。
(永井るり子:立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想2.
 大阪空港で飛行機が宝塚方面へ離陸し、通常、宝塚・伊丹上空で左旋回する。そのときに左側に大きな池が見えてくる。「昆陽池」という8世紀前半に行基が築いた当時の農業ため池である。瀬戸内海の東端に位置する、筆者居住の兵庫県は全国のため池約19万箇所のうち、約3万8千箇所と日本一の数を誇る。当然、ため池の保全につき対策等が必要になってくる。

10月の研究会は、中尾祐蔵さんの地元、亀岡市で起こった平和池の水害発生に関する事実検証の取組みのお話であった。過去の災害に関して自治体の災害誌や新聞社の災害記録・報道写真、あるいは研究者の災害研究の報告はよく見かける。しかし、被災した地域の住民自らが、災害の記録を編纂し出版する事例は少ない。本研究会のベースは1951(昭和26)年7月11日に亀岡市篠町柏原(かせばら)で起こった水害である。同日、上流のかんがい用のため池ダム・平和池が梅雨前線による記録的豪雨で決壊、鉄砲水となって柏原地区を襲い、75名が犠牲となった。

水害発生の50年後、被災の記憶の風化が進む中で、住民の間から災害記録づくりをやろうという機運から出てきた。中尾さんは、京都新聞社の現役時代に身に着けた新聞記者という「1.5人称」の立場から、2005年2月に京都新聞丹波版で「平和池水害54年目の証言」の連載を始め、これが新たな証言、資料集めにつながっていった。2009年3月の記録本の出版後もフフォローアップとしての地元での災害伝承活動は続いている。

地元住民による災害記録の発信には、被災の経験から裏打ちされた様々な防災・減災の知恵や教訓が織り込まれている。災害のリスク低減をめざすためには、これらの知見を今後の防災計画や事業に「住民協働」というかたちで積極的に活用することが重要であり、そのためにメディアが「媒介」役を担うことが重要となってくる。冒頭の兵庫県の事例では、ハザードマップの作成・公表もはじまり、「予防保全」の観点からの活動もはじまっているが、こういう資料活用もメディアと「公」の緊張関係があるからこそ、生きたものになると考える。

地域に埋もれかけた被災の伝承や災害にまつわる伝承。この活用に当たって地域住民自身がアーカイブして継承していく意義は大きい。中尾さんが進めた地域住民が主体となって編纂する災害記録の集成は今後、重要な資料になると考える。
(森井雅人 大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

出席者感想3.
 『語り継ぐ』ということ―『書き残す』ということ
 かつての仕事仲間、中尾祐蔵さんに会いたくて京都メディア懇話会に出掛けた。久しぶりに見る70代半ばの中尾さんは、私の知る懐かしい風貌に穏やかさを増した現役のジャーナリストだった。

 この日のテーマは「平和池水害を語り継ぐ」というタイトル。正直な話、数十年前の記者時代に「亀岡の水害」と聞いたことはあるが、南山城水害(昭和28年)を取材した先輩の苦労話ほどの関心はなく、実態はまるで知らなかった。まして中尾さんが小学校2年でその水害に遭い、生き残ったことも…。彼の語るその真実に、80歳を過ぎてボケかけた頭はガツンと殴られた。

 約2時間、映像や資料をもとに語られ、質疑応答で明かされた水害の実像―戦後の復興期に灌がい用溜め池として造られたアースダムが完成2年後の1951(昭和26)年7月の豪雨で決壊、下流域の柏原集落を全滅させ、住民75人の命を奪った「カセバラの悲劇」の凄まじさ、さらに事後の責任追及もうやむやに…という現実に驚く。

 行政にまともな記録もなく、地元の子供らさえほとんど知らない。資料の中に「風化」「封印」の文字がある。災害から50年後の今世紀初め、退職前の中尾さんら住民の手で記録づくりが始まった。京都新聞丹波版の連載記事「54年目の証言」などあって、2009(平成21)年春に「平和池水害を語り継ぐ―柏原75人の鎮魂歌」の大冊が地元負担で出版の運びとなった。

 コツコツ資料集めから関係者の聞き取り、とりわけ親や妻子を失い、辛い思いに耐えて生きてきた80代の古老の生の声を収録できたのは貴重だ。いま水害伝承の会を担う中尾さんは言う。まず「知ること、知らせること」の大切さ。大仕事の成果をふまえ、会のメンバーは手分けして地域の小、中学校や、広く防災講演に励んでいる。このところ全国で局地豪雨の災害が相次ぎニュースとなる折、まことに意義ある活動だ。

 そんなとき、京都府が全戸に配る今年の「府民だより6月号」で、府内の主な災害記録に「南山城水害」前の「平和池水害」が欠けていたのはショックだった。地元の小学生が自主的な紙芝居づくりで活動に協力してくれるのに…。命を守る防災の基本は①知ること②備えること③伝えること―と、力説する中尾さんだった。
古家和雄 京都新聞OB)

第22回京都メディア懇話会月例研究会のご案内

第22回京都メディア懇話会月例研究会のご案内

演題:「情報公開制度を駆使したネットでの調査報道に挑戦して~大津市と自治会の公金問題

開催日時:2017年9月28日(木)18:30-20:00

場所:同志社大学寒梅館6階大会議室

発題者:大井美夏子(大津WEB新報編集部)


略歴:山形県出身の社会福祉士で、現在は、滋賀県大津市に在住。2011年の東日本大震災後の国や地方自治体の対応、被災者の現状を福祉的な分野から調査し、情報発信の重要性を痛感する。防災や福祉をメインにしたホームページ制作に取り組む。大津市地域福祉計画の策定委員や、自治会に深く関わった中で、大津市の地域コミュニティや公金使途に疑問を持つ。2014年5月に大津市自治連合会長に財務関係の資料の開示を求めたが、拒否される。元新聞記者の小黒純氏(同志社大学教授)に相談し、情報公開制度を使った調査報道の指導を受ける。2015年1月、「福祉」のホームページを「調査報道」のホームページに変更。「大津WEB新報」の名称で、大津市と自治会の構造上の問題や公金使途を調査報道する。現在まで、300本以上の情報公開請求をし、450本以上の記事を発信している。

発題の概要:大津市と自治会の問題は、2000年ごろから市民オンブズマンが追及し、新聞なども何度か取り上げてきた。しかし、いったん反省を口にしながら、15年以上経過しても改善が見られない。例えば、自治連合会は多額の補助金を大津市から受け取っていながら、実績報告書に「領収書」さえ添付していなかった。毎年7月の「琵琶湖市民清掃」では、無許可業者に謝礼金を支払い、ごみの収集運搬をさせていた。大津市幹部と自治連合会幹部だけの「公金飲食」も繰り返されていた。

 なぜ、大津市では60年以上もこうした状態が延々と続いているのか。市民からは見えにくい形で、さまざまな不正が横行している。「大津WEB新報」は、こうした大津市民が知らなかった事実を、情報公開制度を使って、次々と明らかにしてきた。市民も住民監査請求を行うなど、怒りの声を再び上げた。しかし、残念ながら、新聞やテレビなどマスメディアの動きは鈍いと言わざるを得ない。

 行政と自治会の問題は大津市に限ったことではないだろう。おそらく同じような問題が全国のどこかに潜んでいるはずだ。いつかは市民の多くが、問題の深刻さに気がつくはずだ。そんな思いから、「大津WEB新報」は日々、報道を続ける。

コメンテーター:小黒純(同志社大学教授)

司会:永井るり子(立命館大学社会人学生)

第19回京都メディア懇話会月例研究会報告

第19回京都メディア懇話会月例研究会報告

開催日:2017年5月25日(木)18:30~20:00

会場:同志社大学寒梅館6F大会議室

発題者:仲屋聡(京都新聞報道部)

コメンテーター:大西祐資(京都新聞南部支社長)

司会:十倉良一(京都新聞シニア論説委員)


事務局まとめ

 第19回京都メディア懇話会月例会では、仲屋聡氏(京都新聞報道部)が「地方紙における災害報道」と題し、京都新聞の3.11震災(東日本大震災、地震/津波/原発事故等)報道のあり方について報告した。

 仲屋氏は、京都新聞の読者にこの大震災への関心を持ってもらえるよう、その後も毎年の定期的報道だけではなく、京滋にゆかりのある被災者の方々を中心に取材、報道していると述べた。労働組合の繋がりを生かして、岩手日報などの協力によって東北で生活を営む京滋にゆかりのある関係者を取材できたこともあったという。氏は、身内を亡くした方々の心に寄り添って記事を書くことの困難さについても語った。加えて、京滋へ避難し生活する人たちに対する京都新聞の報道についても紹介した。アンケート調査の結果から、避難者の中には帰郷を諦めた人が増えていることもわかった、さらには全733人のうち50人にアンケート調査をおこなったものの、来年以降はどれだけ調査表が集められるかわからないとも述べた。氏は最後に、南海トラフ地震が必ず発生することを念頭におきつつ、今後も京都大学防災研究所の知見なども取り入れながら読者の防災意識を喚起していく必要があると述べた。今後は記事を読んだ読者に被災地に足を向けてもらえるような工夫も取り入れることが重要だという。

 仲屋氏の報告を受けて、コメンテーターの大西祐資氏(京都新聞南部支社長)は、京都新聞などの地方紙にも当然あてはまるが、それぞれのメディアには「それぞれ独自の役割がある」と前置きしたうえで、記者にとって震災直後には被災地である現場に行くことも重要であったが、「現場」取材から漏れるような生活情報を記録として残して後世に伝えることも同じく重要だと指摘した。大西氏によれば、メディアは一般的に「長く災害と向き合うのが苦手」であるものの、今回の3.11を伝えていくために河北新報が全国の地方紙と協力して展開しているワークショップ「結び塾」などの取り組みなどが参考になるという。続いて、2016年の熊本地震を取材した山田修裕記者(京都新聞編集局)が、京都新聞の読者を念頭に現地取材をおこなった旨を報告した。

 仲屋氏と大西氏、山田氏の報告を受けて会場オーディエンスからもさまざまな意見が出された。その一人は、3.11報道を読んだだけでは現場の状態がわかりにくいと指摘したのち、読者が被災地に直接行くような「きっかけづくり」を京都新聞は紙面でさらに積極的におこなっていくべきだと述べた。また、ほかのオーディエンスからは日本語が理解できない人たちにも防災意識を喚起する工夫がメディアには求められるという意見が出た。さらには、さまざまな市民から防災関連情報をさらに積極的に収集するために、記者はもっとSNSなどを活用すべきだという意見など、活発な議論が展開され、京都新聞が3.11などの災害を読者に伝え続けることの意義およびその課題が明らかになった。(本会事務局長、阿部康人)

参加者の感想

 今回の月例研究会では、東日本大震災から6年が経過した今、被災地ではない京都で、読者にいかに関心をもってもらうか、どのようにしたら震災報道を続けることが出来るのか。その困難に立ち向かうための苦労や工夫を知ることができました。
 発災から年月が経過するなか、「昔」と「今」、そして「これから」という時間軸の中で、災害についての京都の歴史、とくに地震についての考古学や歴史学上の発見などを絡ませながら、京都になじみの深い事柄や言葉に置き換えた形で、その伝え方の工夫をすることなど、多くの解決策を知るが出来ました。しかし、それは逆に考えると、被災地ではないところでは、このような工夫がなければ東日本大震災のことを伝え続けることがどれだけ難しいかということの証左ではなかったかということでもあります。

 私自身、今次の被災地で取材を続ける中で、現地の方の生の声を聞きます。震災から6年たった今も、避難生活を続けておられる方が多くあり、「被災地のことを忘れないでほしい」との願いが伝わってきます。しかしながらその声は、被災地から遠く離れたところまでは届きにくいというのが現実です。今回の例会で何度も耳にした「寄り添う」という言葉。被災地域に入り込んで、地域の皆さんの声に「寄り添いながら、何を伝えるか」。私自身にも言えることですが、その言葉の重みを、強く受け止めることが出来ました。ありがとうございました。

 西村公貴(京都府船井郡京丹波町役場情報センター)

第18回京都メディア懇話会月例研究会報告

開催日:2017年4月27日(木)18:30~20:00

会場:同志社大学寒梅館6F大会議室

発題者:渡辺武達(本会会長)

コメンテーター:齊藤修(本会理事長)

司会:永井るり子(本会事務局次長)

 2017年度年次総会の後に行われた第18回京都メディア懇話会月例会では、渡辺武達氏(本会会長、同志社大学名誉教授)が「トランプ大統領の『FAKE(作為情報)』連発とマスメディアの対応責任」と題し、トランプ米大統領誕生以降の世界の現況およびメディアのあり方、報道責任について解説した。

 渡辺氏は、米国大統領選挙でトランプ大統領が支持された要因の一つとして、生活に精一杯で大所高所から「説教」しがちな新聞やテレビを信頼できない貧困層の増大を挙げた。米国だけでなく世界的に貧富の差が拡大する中で、マスメディアは社会でどのような役割を果たすことができるのであろうか。渡辺氏はマスメディアが重要な事実を伝えきれておらず、結果としてその社会的責任を果たせていないと強調した。一例として、氏は日本のマスメディアが安倍政権による情報操作(巧妙なメディア政治)に対しても本質を衝いた効果的な対応ができていないことを挙げた。

 加えて、渡辺氏は「トランプ流真実」への対処方法として、事実(出来事)と真実(社会的位置づけ)は異なるものであることを理解したうえで、一般的な意味での真実とトランプ大統領にとっての「真実」は全くの別物であるという点を把握する必要があると述べた。トランプ大統領にとっての「真実」は「『自分が儲けたビジネス』と『その時の経験知』」だけに由来するものであるという。同時に、渡辺氏は「すべての政府はウソをつく」という視点から、マスメディアは健全な民主制の妨げとなっている「社会病理」の医者になるべきだと強調した。最後に、渡辺氏は社会を構成する多数の人びとが社会的倫理規範を常識として考え、行動するようになるためにも、メディアの責任とジャーナリストを社会に送り出す大学の責任が問われていると述べた。

 発題を受けてコメンテーターの齋藤氏は、米国大統領選挙ではマスメディアが健全な読者を育ててこなかったことが明らかになったと指摘した。加えて、「怪物」としてのインターネットの誕生により、読者はマスメディアに出ていないような情報に無料でアクセスできるような情報環境が生まれた結果、日本でも読者とメディアの信頼関係が揺らいでいると述べた。今後、マスメディアは読者の信頼を取り戻すために事実や真実の前にいっそう謙虚になる姿勢が求められるという。最後に齋藤氏は、大学とメディア、市民が今後一体となって社会的利益の充実のために協力していかなければならないと述べた。

 渡辺氏と齋藤氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問が出された。ある参加者による「トランプ大統領の女性問題が選挙後に取り上げられなくなった理由は」との問いに対して、渡辺氏は「①トランプ大統領の支持者はセクハラ疑惑が大統領の資質と直接関係しているほど悪いことだとは思っているわけではない②ヒラリー・クリントン陣営にも「夫・ビルの性的不適切行動」があり、セクハラ問題を争点にしにくい事情があった」と述べた。また、「トランプ氏個人に好感の持てる面があるときには、それについてメディアは報じるべきではないのか」という学生の問いに対して、渡辺氏は「メディアは『(特定の人たちのためだけではなく社会全体にとって)政治家としてどうなのか』という視点から、大統領について論じる必要がある」と述べた。活発な議論を通して、メディアの政治報道のあり方における課題が明らかになった。

まとめ:阿部康人(京都メディア懇話会事務局長、同志社大学社会学部助教)

感想、その1                                 

 今回の渡辺先生による発題は、来春からテレビ業界で働く私にとって大変興味深く、考えさせられる内容であった。特に、私が関心を抱いたのは、①事実と真実 ②国民の課題 ③メディアの役割についてである。

発題者によれば、物事の事実は多くあるが、「真実」は「事実」の数より少なく、ときには当事者の都合のいいものでもあるらしい。たとえば、ドナルド・トランプは自分に都合の悪い情報は「FAKE!」だと主張し、彼にとっての「真実」をSNSで発信する。それを彼のコアな支持者は簡単に信用してしまう。その背景のひとつには、国民の多くに情報の真偽を判断する知識=正当な判断力が欠如していることがあげられる。会場では、メディアと教育現場が密に協力していくべきだという意見が出たが、まさにその通りだと思う。なぜなら、情報の取捨選択の方法や必要性を学ぶことが、情報を見定める上できわめて重要だからである。

 また、アメリカでのメディアに対する信頼の希薄化についても話題にされたが、これは日本でも指摘される重要な問題である。最近、新聞やテレビよりも、ネットの情報を好む人が多くなってきている。確かに、自分の知りたい情報がいつでもどこでも、とりあえずは得られるネットの手軽さは便利この上ない。しかしながら、偏った内容や、責任が問われない匿名の提供情報を鵜呑みにしてしまうことがもたらす潜在的危険性には計り知れないものがある。

 だからこそ、これからの私は、自分の眼と足と肌感覚で得た、国民が知るべき情報の発信を心がけ、「あなたの情報だから信用できる」と言われるような発信者になりたい。改めてそう決心させられた有意義な時間であった。

(同志社大学法学部政治学科 長岡里沙)

感想、その2.

渡辺さんとは同志社大学の同期生だが、彼は大学院生時代から日本卓球協会の国際交流委員として後藤鉀二会長の通訳兼秘書として世界を飛び回り、多くの国際会議を経験、「学者」離れした学者である。特に 「ピンポン外交」を通しての中国の国際社会復帰にあたり、ニクソン米大統領やキッシンジャー補佐官などの表のスターではなく、アメリカと中国の国交正常化交渉と日本の国内世論の喚起をスポーツ交流によって促したという自負がある。もちろん当時は、日本と中国本土(Main Land China)とは国交がなく、大陸中国に行くには「中国渡航だけに通用する特別旅券」を外務省からもらう必要があった。当時の佐藤栄作(現安倍晋三総理の祖父・岸信介の弟)政権は台湾をRepublic of China として唯一の中国として承認、人民中国をアメリカに追従し、敵視していた時代。冷戦時代に取得した筆者のパスポート(1971年3月25日発行)には「このPassportはNorth Korea, Mainland China, North Vietnam, East Germany 以外の全ての国に有効」と明記されている。

 Fake News とトランプ大統領がいうアメリカの既成メデイアにも日本の大手メディアにも、主として政府の公式情報に依拠したFake Newsの面があったと渡辺さんは考えている。実際にNew York Times東京支局長、マーテイン・ファクラーが指摘するように、今も日本の新聞には政府発表に依拠した報道が多い(『本当の事を伝えない日本の新聞』双葉新書、2012)。一方、渡辺さんは欧米を知るだけはなく、東側世界や中東・アラブ、インド洋セイシェル共和国のような小国からの視点をも持っており、News とは文字通り、物事を「North北、East東, West西, South 南」から見て報じる必要があるものだと教えてくれた発題であった。

(元貿易商社勤務 寺森義信)

感想、その3

最初に、トランプ米国大統領が選挙戦中に掲げた公約が本当に行われているのか?メディアはトランプ政治を社会的に正確に位置づけた報道をしているかという問題がトランプ氏の「FAKEメディア」批判に焦点を当てながら分析された。発題者は国際的にも活躍されており、メディア学科生である私にとって興味深いものであった。とりわけ、トランプ氏がメディアによる自分の希望する脈絡以外でのいかなる情報もメディアによる「FAKE」(作為的情報送出)攻撃だとして反論しているとの指摘が印象に残った。私自身、トランプ氏がある報道機関を名指しで批判している映像を見たことがあり、私にとってこの指摘は点と点が繋がり線となった感じで非常に納得した。

一方で、メディアと政治家、そして市民という三者の在り方について改めて考えさせられることになった。今のトランプ氏とメディアとの関係であれば、十分な知識やメディアリテラシーを有していない市民はどちらが「FAKE」なのか理解がむずかしい。この状況は情報化社会の危機であると私は感じる。

今後も、トランプ氏の「FAKE」そして、メディアの在り方について深く考察していきたいと強く思った。この気持ちを今後の自分自身の勉強の中でも忘れないでおきたい。

(同志社大学社会学部メディア学科 横田侑也)

感想、その4

 今回の研究会に参加するまではFAKE(デタラメ)発言で世間を騒がしているトランプ氏が選挙でなぜあれほど支持されたのか不思議で仕方なかった。しかし、支持者はメディアを信用しない、「FAKE」を「FAKE」だと考えない人たちだと知り、今回、改めてネット社会の根本的問題に気づかされ、メディアリテラシー教育の大切さを感じた。日本では現在、若者のテレビ、新聞離れが問題となっているが、私自身も最近それを感じることが多い。

私はメディア学科で学んでいることもあり、新聞に接し、読む機会は比較的多かった。しかし、他学部では就職活動を始めてから新聞を読み始める人がほとんどだ。私は若者の多くが新聞だけではなく、テレビを含む伝統的メディアから離れだした原因には2つあると思う。1つは「新聞」には大人が読むものという硬いイメージがあること。2つ目は「世の中の経済状況が悪い」と実感しにくいことが大きな観点から私たちに政治と社会の問題に関心を持たせないようにしているのはないかということ。

新聞を代表とするメディアのなんだか「よそよそしい」イメージを払拭するにはメディア企業は大学などと提携し、たとえば「新聞活用セミナー」などを開き、学生をもっと惹きつける努力をするなど、読者に確かな情報の大切さを自覚させる「きっかけを作る」ことなどから始めて欲しい。そうすれば、プロが集めた新聞提供情報の社会的重要性がプラス面から理解出来るようになると思う。

(同志社大学社会学部メディア学科 梶木唯菜)
プロフィール

twatanab

Author:twatanab
本人略歴

渡辺武達(わたなべ たけさと) Takesato Watanabe, Japan
愛知県生まれ。同志社大学教授(社会学部メディア学科)を経て、現在、同志社大学名誉教授、日本セイシェル協会理事長、京都メディア懇話会会長。国際メディア・コミュニケーション学会国際理事、国内、国外での講演・執筆活動やテレビ出演、セイシェル関連でのテレビ番組コーディネイター等をしている。

メディア関係の社会活動として、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター代表(2003-7)、関西テレビ番組審議会委員(1996-2010)。京都新聞報道審議会委員(2000-2015)、など。(2016年9月現在)

Takesato Watanabe: Professor Emeritus at Doshisha University, Japan, Media& Information AnalystPresident of Kyoto Council on Media Studies and PoliticalScience=CMSPS)Kyoto International Council of International Association for Media and Communication Research=IAMCR Chairman of Japan-Seychelles Friendship Association (As of September2016)

著訳書:『ジャパリッシュのすすめ(朝日新聞社、1983年)、『テレビー「やらせ」と「情報操作」』(三省堂、1995年)、『メディア・トリックの社会学』(世界思想社、1995年)、『メディアと情報は誰のものか』(潮出版社、2000年)、“A Public Betrayed”(『裏切られた大衆』(2004年、米国Regnery刊、A. Gambleと共著)、『メディアと権力』(論創社、2007年)、『メディア・アカウンタビリティと公表行為の自由』(論創社、2009年)、『自由で責任あるメディア』(論創社、2008年)、『メディアへの希望 積極的公正中立主義からの提言』(論創社、2012年)、『メディアリテラシーとデモクラシー 積極的公正中立主義の時代』(論創社、2014年)、『メディア学の現在』(共編、世界思想社、2015年)など。

1980年代からテレビ制作に関わり、ファミリークイズやドキュメンタリー番組を作る。現在はCCTV(中国中央テレビ)英語国際放送などに衛星生中継で出演。専門はメディア社会論、国際コミュニケーション論。

Statement: Takesato Watanabe (as of May 2016)

Takesato Watanabe is Professor Emeritus,Doshisha University, Japan and President of the Kyoto Council on Media Studies and Political Science. After studying Journalism and Mass Communication at Doshisha University, he taught Journalism Ethics and Mass Communication Theory at that university for 25 years. He also acted as an advisor for International Department of The Japan Society for Studies in Journalism and Mass Communication. In his media career, he has been a TV coordinator for over thirty years, a newspaper columnist and a commentator for China Central TV since 2007. He has published over 25 books, including co-authored and edited volumes; also in English, A Public Betrayed: An Inside Look at Japanese Media Atrocities and Their Warnings to the West, published in the United States.

Among his major translations from English into Japanese are A Free and Responsible Press by the Commission on Freedom of the Press (1947) and Denis McQuail’s Media Accountability and Freedom of Publication (2003).

He wishes to contribute to making IAMCR a stronger organization that will play a role in preparing an information environment for world peace through media studies and practices.

Author: Takesato Watanabe, Professor Emeritus at Doshisha University, Japan.

Media & Information Analyst

渡辺武達(メディア・情報学者)

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