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トランプ「FAKE」(「やらせ」メディア)論、その3: ダマシ政策が馬脚を現し始め、トランプ政権は持続困難 に?

 3月21日(2017年)同志社大学社会学部の卒業式があり、夕方に開催されたメディア学科生主催による謝恩会に招かれた。その席での挨拶で筆者は米国トランプ政権の政策について以下のように述べた。

 「トランプ氏の主要政策はとりわけその経済政策は基本的に矛盾しており、非現実的だからあのやり方では遅かれ早かれ挫折する。一期4年の最後までもつかどうか?メディア学科卒業生の皆さんは私、渡辺がこういったことを後数年は憶えておいて欲しい」と。

 その理由として第1、トランプ氏(以下、ト氏)の言っていることは、メディアの狡猾な利用(彼の場合は主としてツィッターとFOXなどの迎合メディア)と応援がいくらあっても、理論的に破綻している。第2、すでに破綻している米国内の製造業(ラストベルト(Rust Belt)地帯=米国の中西部から大西洋岸中部地域の旧製造業地域で閉鎖された工場や機械のこと)を復活させようとしても、たとえば車の場合、高度な技術者と部品工場が必要であり、それらの新規復活は簡単ではない、つまりト氏が生活向上を約束した下層労働者が再雇用され新規工場で働き、賃金が向上することなどがこれからの4年間で実現していくことなど、経済論としても必要な人的資源論としても考えにくい。第3は、それを知っているト氏とその取り巻きは気分としてだけの「アメリカファースト」論で欺そうと、景気浮揚を国防費の1割増額論と、軍人恩給の増額を含めたサービス論を振りまきごまかしている。しかし現実にはそれを裏切ることばかりが起き始めている。

 「アメリカファースト」(米国第1)といわれると米国人の多くにとって心地よいであろう。日本でもしょうもない金銭問題で都知事の席を追われた猪瀬直樹氏と舛添要一氏の後を継いだ小池百合子氏が「都民ファースト」を売りにして当選したが、「〇〇ファースト」 といわれた〇〇は心地よかろうが、米国でも同じで、手許にある英語本では1992年に上院議員のアル・ゴアとを組んで大統領選挙に出馬したビル・クリントンが選挙スローガンが「ピープルファースト」であった(下の本の写真)。

トランプ4


 つまり、〇〇ファースト・・・といくら言われても、実質としての政策が検証されなければならないということだ。逆に言えば、当時のアメリカ政治、そして2016年の東京都政がよほど、国民と都民を軽視して、政経権力(政治と経済が合同した権力)がやりたい放題していたと有権者が受け取っていたと言うことだろう。    

 さて、ト氏政治崩壊現象の制度的な象徴の第1は、トランプ流「ディール」の不発としてこのほど世界的に大きく報道された「オバマケア見直しの頓挫」である。米国には生活苦で保険にも入れず「治療が受けられない弱者」が5千万人以上いたのをオバマは保険加入できるような制度改革(オバマケア)を促進し、1800万人以上を救済してきた。しかし、ト氏はそのやり方が国家財政を圧迫するとしてその撤廃を公約とし、その実施案を議会に提出しようとしてこのほど議会に拒否され提案できなくなった(3月24日)。

トランプ5


 日本の国民皆保険制度も弱者切り捨て政策の進行で危うくなっているが、日本社会が米国に較べて安全度が高いのは、その悪用をする不埒な輩が少なくないとはいえ、保険制度その他の社会保障制度が安定確保されているからである。ト氏のような考え方の背景には、「社会の上層部が豊かになれば、金は下へ流れる」というごまかし論にある。金は特権層をますます金持ちにしているのは世界の現実なのである。 トマ・ピケティが「21世紀の資本」で論証しているように、労働者の賃金上昇率より、不動産や株式の上昇率のほうが高く、労働者は相対的にますます貧乏になっているのだ。

トランプ6

フロリダのトランプ氏別荘で会食するト氏、安倍氏両夫妻
(2017.2.20、AFP:時事)


 さて、前回、トランプ大統領は自分の経済的利益にならない情報をすべて「FAKE」呼ばわりすると書いた。そしてFAKE(フェイク)とは一般的に「うそ」「でたらめ」という意味で報道されているので本欄でもそう書いているが、メディア論的には日本語の「やらせ」に近いことばだ。

 かつて、NHKスペシャルがネパールの一地域であるムスタンを取材したドキュメンタリー番組「奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン」 を放映して後に「やらせ」として批判され、全面的にそれを認め謝罪した(1992年)。筆者もそれに関連し、以下の本をかいた。

渡辺武達(1995)『テレビー「やらせ」と「情報操作」』三省堂 

 学問的レベルでは’FAKE)は「作為≒やらせ あることに見せかけようと,わざと人の手を加え手直しをすること。ことさらに手を加えること。つくりごと」で、大辞林には 「-の跡が残る」 「 -を施す」といった例文が掲載されている。筆者の本では、

・演出=あるメッセージを相手に効果的に伝えるために成される工夫のこと。・「やらせ」=メッセージが真実ではなく、相手を欺すためになされる情報送出

 現実的・狭義的定義 「演劇化=ステージングが発生し、それが<やらせ>として批判されるのは、視聴者(受け手)が映像を含めその部分を真実であるととらえているのに<じつはそうではなかった>という送り手と受け手のギャップが利用されている。

 ト氏のFAKE論はそれほど考えられたものではない。一般的辞書にある「馬脚を現わす betray oneself; give oneself away」「あんなことを言ったので馬脚が現われた.He gave himself away by blurting it out.」程度のことで、ト氏そのものの日頃の言動そのものがFAKEであり、そのト氏にFAKEと批判されるメディアこそいい迷惑だが、ト氏のFAKE論に同調する米国民を作ってきた米国メディアは真摯に反省しなければならないし、これほど森友学園が日本会議や安倍政権・安倍晋三夫妻的(政治観)によって「許しがたき暴虐」行動をしているのに、「民主社会の向上に尽くす」「公共の福祉に適合する」情報を提供する責務を宣明している日本の新聞や放送も笑っている場合ではなかろう。

 第1、これらの日米国両国の議論には何かが欠けているかと言えば、小説家の村上龍氏が述べて以下のような簡単な人倫である。「企業には利益が必須だが、政治の役割は適正で冷徹な資源配分である。逆に両者に共通するのは説明責任を含む公正なガバナンスだ(」2016.10.06 テレビ東京番組『カンブリア宮殿』)

 第2、その結果、ト氏の政策には金持ちがより金持ちになろうとするとき、貧乏人をますます搾取して、ますます貧乏にすることによって、利益を自分の周りに集めることに奔走し、その構造に協力をしておこぼれに預かろうとする広告業者、そこから分け前を貰いながら、そうした構造を日々強固にするために人びとの社会像、社会観を歪めて恥じないマスメディアとその構造から逃げることによって自己満足する「SNS」(交流サイト)利用者がいるということだろう。

 そしてその代表的人物がツィッターの使い手、愛好者のドナルド・トランプだということだ。もちろん、それを小型にした人物は東京にも大阪にも・・・政界にも財界にもたくさんいる。

(2017年4月3日記)
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第18回京都メディア懇話会月例研究会のお知らせ

第18回京都メディア懇話会月例研究会 

日時:2017年4月27日(木)18:30-20:00

会場:同志社大学今出川キャンパス寒梅館6階大会議室


演題:トランプ大統領の「FAKE(作為情報)」連発とメディアの対応責任

発題者:渡辺武達(本会会長、同志社大学名誉教授)

発題概要:第45代米国大統領ドナルド・トランプ氏は選挙中から自分が気に入らない報道は「でっちあげ(作為)」だとして当該メディアを攻撃、就任後もそのやり方を続けている。彼のように『平気でうそをつく人たち』(スコット・ペック著書名)は少なくない。しかし、トランプ氏のような大国の大統領が事実確認(ファクトチェック)すればすぐばれるのに、「正しい」情報の発信社(者)を「嘘つき!」と罵倒し続ける政治家は例を見ない。

 日本でも戦前の新聞は販売促進のために「不偏不党(公正・中立)」を掲げ(有山輝雄『「中立」新聞の形成』)、軍部に協力してデマ報道し、唯一の放送(ラジオ)であったNHKの前身、社団法人日本放送協会も同様であった。今の日本メディアも政経権力(政治と経済が合同した権力)に利用されたり自らそれに迎合したりする場面がないとはいえない。

 うそについての考察は古くからあり、末弘厳太郎著『嘘の効用(1924年刊)が「まったく嘘をつかずにこの世の中を生きながらえることは、全然不可能だから・・・これらの嘘をいかに処理すべきかという困難な問題を解決せねばならぬ」と述べている。しかしこれは生活のレベルのこと。社会悪を少なくするには情報の正誤とまともな社会判断ができる市民が多数派にならなければならない。それにはメディアによる社会教育責任が不可欠である。日本新聞協会の綱領や放送基準には社会民主化の役割が謳われているが、そのメディアがトランプ氏や安倍総理、稲田防衛相らの「うそ」をまともに批判できていない。

 人間の社会認識の基本は①生まれと育ち②教育③メディア提供情報によって形成される。そうした時代と情報環境の中、弱者を犠牲にしない社会形成のため、メディアと市民の協働はいかにしたら可能かを考えてみたい。

コメンテーター:齊藤修(京都新聞ホールディングス顧問)
司会:永井るり子(本会会員、立命館大学社会人学生)
プロフィール

twatanab

Author:twatanab
本人略歴

渡辺武達(わたなべ たけさと) Takesato Watanabe, Japan
愛知県生まれ。同志社大学教授(社会学部メディア学科)を経て、現在、同志社大学名誉教授、日本セイシェル協会理事長、京都メディア懇話会会長。国際メディア・コミュニケーション学会国際理事、国内、国外での講演・執筆活動やテレビ出演、セイシェル関連でのテレビ番組コーディネイター等をしている。

メディア関係の社会活動として、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター代表(2003-7)、関西テレビ番組審議会委員(1996-2010)。京都新聞報道審議会委員(2000-2015)、など。(2016年9月現在)

Takesato Watanabe: Professor Emeritus at Doshisha University, Japan, Media& Information AnalystPresident of Kyoto Council on Media Studies and PoliticalScience=CMSPS)Kyoto International Council of International Association for Media and Communication Research=IAMCR Chairman of Japan-Seychelles Friendship Association (As of September2016)

著訳書:『ジャパリッシュのすすめ(朝日新聞社、1983年)、『テレビー「やらせ」と「情報操作」』(三省堂、1995年)、『メディア・トリックの社会学』(世界思想社、1995年)、『メディアと情報は誰のものか』(潮出版社、2000年)、“A Public Betrayed”(『裏切られた大衆』(2004年、米国Regnery刊、A. Gambleと共著)、『メディアと権力』(論創社、2007年)、『メディア・アカウンタビリティと公表行為の自由』(論創社、2009年)、『自由で責任あるメディア』(論創社、2008年)、『メディアへの希望 積極的公正中立主義からの提言』(論創社、2012年)、『メディアリテラシーとデモクラシー 積極的公正中立主義の時代』(論創社、2014年)、『メディア学の現在』(共編、世界思想社、2015年)など。

1980年代からテレビ制作に関わり、ファミリークイズやドキュメンタリー番組を作る。現在はCCTV(中国中央テレビ)英語国際放送などに衛星生中継で出演。専門はメディア社会論、国際コミュニケーション論。

Statement: Takesato Watanabe (as of May 2016)

Takesato Watanabe is Professor Emeritus,Doshisha University, Japan and President of the Kyoto Council on Media Studies and Political Science. After studying Journalism and Mass Communication at Doshisha University, he taught Journalism Ethics and Mass Communication Theory at that university for 25 years. He also acted as an advisor for International Department of The Japan Society for Studies in Journalism and Mass Communication. In his media career, he has been a TV coordinator for over thirty years, a newspaper columnist and a commentator for China Central TV since 2007. He has published over 25 books, including co-authored and edited volumes; also in English, A Public Betrayed: An Inside Look at Japanese Media Atrocities and Their Warnings to the West, published in the United States.

Among his major translations from English into Japanese are A Free and Responsible Press by the Commission on Freedom of the Press (1947) and Denis McQuail’s Media Accountability and Freedom of Publication (2003).

He wishes to contribute to making IAMCR a stronger organization that will play a role in preparing an information environment for world peace through media studies and practices.

Author: Takesato Watanabe, Professor Emeritus at Doshisha University, Japan.

Media & Information Analyst

渡辺武達(メディア・情報学者)

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