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アメリカ時代の「終わりの始まり」~米国横断の旅から、その1~

この5月29日(月)~6月14日(水)(2017年)まで、出発地を西海岸のロサンゼルス(CAカリフォルニア州)、到着地を中西部のオマハ(SDサウスダコタ州)までレンタカーで移動しながら、トランプ政治に対する「ふつう」のアメリカ人たちの反応を探る旅をした。それはアメリカ大陸の半分を横切る、全走行距離3,333マイル(約5,364km)で、大学の卒論で取り上げたジョン・スタインベックの旅行記『チャーリーとの旅~アメリカを探し求めて』(Travels with Charley in Search of America,1962)を私なりに模したものであった(私の場合は妻との旅であったが)。
来年は残りの半分、オマハからボストンまでを予定している。(ちなみに移動主体が車であるアメリカのガソリン値段は1リッターあたり110円換算で77円、日本では125円ほどだからその半分強)。

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☆上が今回移動したルートと宿泊場所(丸印)で、洗濯などのため、1泊と2泊を交互に繰り返した。使用したレンタカーは写真のダッジ/デュランゴ(クライスラー製、フルサイズSUVで、最高出力:290psを発揮する3.6L V6 24-Valve VVT エンジンを搭載)で、快適。ロサンゼルスからマンザナー日本人捕虜収容所跡に向かうカリフォルニア州の砂漠地帯で撮影)。


 さて、アメリカ大陸横断の目的だが、日本のマスメディア(テレビや新聞)の報告ではアメリカで実際に何か起きているかがよく理解できないことが多いのと、私自身が現在のアメリカを「ふつうの人」(ジャーナリスト・学者・政治家などではない人たち)へのインタビューと実見に基づき、自ら調べ、自らの眼と肌で感じたうえで発言しないと、地に足のついていない、推測部分が多分にある無責任な評論しかできず、後々後悔することになると思ったからである。

また昨2016年11月のアメリカ大統領選でのトランプ氏の当選は「錆び付いた一帯」(Rust belt)と呼ばれるかつての工業地帯として栄えた中西部諸州(Midwestern United States, Midwest)の貧しい白人層がトランプ氏に投票し、経済復興を願ったからだといわれた。

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ウィスコンシン州、オハイオ州、インディアナ州、イリノイ州、ノースダコタ州、サウスダコタ州、ネブラスカ州、アイオワ州、ミネソタ州、ミシガン州、カンザス州、ミズーリ州などがそうである(上地図の赤色部分:ウィキペディアから)。
 私には以前からアメリカ社会の矛盾と断絶と貧困格差の拡大は中西部だけではなく、米国全体で起きている!のが正しい理解だという直感があった。今回の行程各地で接した人たち、走行中に眺めたアメリカの地理的特徴や社会環境から、改めてそのことを確認した。そしてトランプ大統領がアメリカ時代の「終わりの始まり」の象徴として表れたという感じをつかむことになった。その最終確認は来年に実行予定の大陸横断後半部ツアー後になるが、今の日本政治がアメリカ一辺倒であることの危惧をますます大きく感じる旅になった点でも自分の社会観を強化することにもなった。

 今回の横断旅行を思い立ち、具体的に知りたいと思ったことをまとめれば、以下のように箇条書きできる。

1.日本のメディアでは今回のトランプ勝利はアメリカ中西部の不満を持った白人貧困層による東部イスタブリッシュメント(既得権益層)支配による社会構造への反逆が起きたというがそれは正しいのか?

2.メディアでも学者でも「ビッグデータ」という言葉がプラス価値を持つものとしてもてはやされているが、果たしてそれだけでいいのか?という疑問。

3.世界的に「トランプ」氏と「トランプ現象」だけが議論されているがもう少し過去の現実と将来への道筋を「ふつうの人が犠牲になることなく、ふつうに暮らせる」社会=筆者のことばでいえば、「市民主権社会」はいかにしたら可能になるかの材料の収集。

4.日本はアジア地域の東の端に位置しているが実際の政治力学としてはハワイに継ぐ米国第51番目の「州」になってしまっている・・・というのが正しいが、果たしてそれでいいのか?という疑いを払拭する政治・社会的方法はあるのか?という疑問を解きたいこと・・・その他、もろもろ。

以下、そうした視点から今回の旅について何回かに分けて連載していくことにする。
(2017年6月27日記)

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第19回京都メディア懇話会月例研究会報告

第19回京都メディア懇話会月例研究会報告

開催日:2017年5月25日(木)18:30~20:00

会場:同志社大学寒梅館6F大会議室

発題者:仲屋聡(京都新聞報道部)

コメンテーター:大西祐資(京都新聞南部支社長)

司会:十倉良一(京都新聞シニア論説委員)


事務局まとめ

 第19回京都メディア懇話会月例会では、仲屋聡氏(京都新聞報道部)が「地方紙における災害報道」と題し、京都新聞の3.11震災(東日本大震災、地震/津波/原発事故等)報道のあり方について報告した。

 仲屋氏は、京都新聞の読者にこの大震災への関心を持ってもらえるよう、その後も毎年の定期的報道だけではなく、京滋にゆかりのある被災者の方々を中心に取材、報道していると述べた。労働組合の繋がりを生かして、岩手日報などの協力によって東北で生活を営む京滋にゆかりのある関係者を取材できたこともあったという。氏は、身内を亡くした方々の心に寄り添って記事を書くことの困難さについても語った。加えて、京滋へ避難し生活する人たちに対する京都新聞の報道についても紹介した。アンケート調査の結果から、避難者の中には帰郷を諦めた人が増えていることもわかった、さらには全733人のうち50人にアンケート調査をおこなったものの、来年以降はどれだけ調査表が集められるかわからないとも述べた。氏は最後に、南海トラフ地震が必ず発生することを念頭におきつつ、今後も京都大学防災研究所の知見なども取り入れながら読者の防災意識を喚起していく必要があると述べた。今後は記事を読んだ読者に被災地に足を向けてもらえるような工夫も取り入れることが重要だという。

 仲屋氏の報告を受けて、コメンテーターの大西祐資氏(京都新聞南部支社長)は、京都新聞などの地方紙にも当然あてはまるが、それぞれのメディアには「それぞれ独自の役割がある」と前置きしたうえで、記者にとって震災直後には被災地である現場に行くことも重要であったが、「現場」取材から漏れるような生活情報を記録として残して後世に伝えることも同じく重要だと指摘した。大西氏によれば、メディアは一般的に「長く災害と向き合うのが苦手」であるものの、今回の3.11を伝えていくために河北新報が全国の地方紙と協力して展開しているワークショップ「結び塾」などの取り組みなどが参考になるという。続いて、2016年の熊本地震を取材した山田修裕記者(京都新聞編集局)が、京都新聞の読者を念頭に現地取材をおこなった旨を報告した。

 仲屋氏と大西氏、山田氏の報告を受けて会場オーディエンスからもさまざまな意見が出された。その一人は、3.11報道を読んだだけでは現場の状態がわかりにくいと指摘したのち、読者が被災地に直接行くような「きっかけづくり」を京都新聞は紙面でさらに積極的におこなっていくべきだと述べた。また、ほかのオーディエンスからは日本語が理解できない人たちにも防災意識を喚起する工夫がメディアには求められるという意見が出た。さらには、さまざまな市民から防災関連情報をさらに積極的に収集するために、記者はもっとSNSなどを活用すべきだという意見など、活発な議論が展開され、京都新聞が3.11などの災害を読者に伝え続けることの意義およびその課題が明らかになった。(本会事務局長、阿部康人)

参加者の感想

 今回の月例研究会では、東日本大震災から6年が経過した今、被災地ではない京都で、読者にいかに関心をもってもらうか、どのようにしたら震災報道を続けることが出来るのか。その困難に立ち向かうための苦労や工夫を知ることができました。
 発災から年月が経過するなか、「昔」と「今」、そして「これから」という時間軸の中で、災害についての京都の歴史、とくに地震についての考古学や歴史学上の発見などを絡ませながら、京都になじみの深い事柄や言葉に置き換えた形で、その伝え方の工夫をすることなど、多くの解決策を知るが出来ました。しかし、それは逆に考えると、被災地ではないところでは、このような工夫がなければ東日本大震災のことを伝え続けることがどれだけ難しいかということの証左ではなかったかということでもあります。

 私自身、今次の被災地で取材を続ける中で、現地の方の生の声を聞きます。震災から6年たった今も、避難生活を続けておられる方が多くあり、「被災地のことを忘れないでほしい」との願いが伝わってきます。しかしながらその声は、被災地から遠く離れたところまでは届きにくいというのが現実です。今回の例会で何度も耳にした「寄り添う」という言葉。被災地域に入り込んで、地域の皆さんの声に「寄り添いながら、何を伝えるか」。私自身にも言えることですが、その言葉の重みを、強く受け止めることが出来ました。ありがとうございました。

 西村公貴(京都府船井郡京丹波町役場情報センター)
プロフィール

twatanab

Author:twatanab
本人略歴

渡辺武達(わたなべ たけさと) Takesato Watanabe, Japan
愛知県生まれ。同志社大学教授(社会学部メディア学科)を経て、現在、同志社大学名誉教授、日本セイシェル協会理事長、京都メディア懇話会会長。国際メディア・コミュニケーション学会国際理事、国内、国外での講演・執筆活動やテレビ出演、セイシェル関連でのテレビ番組コーディネイター等をしている。

メディア関係の社会活動として、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター代表(2003-7)、関西テレビ番組審議会委員(1996-2010)。京都新聞報道審議会委員(2000-2015)、など。(2016年9月現在)

Takesato Watanabe: Professor Emeritus at Doshisha University, Japan, Media& Information AnalystPresident of Kyoto Council on Media Studies and PoliticalScience=CMSPS)Kyoto International Council of International Association for Media and Communication Research=IAMCR Chairman of Japan-Seychelles Friendship Association (As of September2016)

著訳書:『ジャパリッシュのすすめ(朝日新聞社、1983年)、『テレビー「やらせ」と「情報操作」』(三省堂、1995年)、『メディア・トリックの社会学』(世界思想社、1995年)、『メディアと情報は誰のものか』(潮出版社、2000年)、“A Public Betrayed”(『裏切られた大衆』(2004年、米国Regnery刊、A. Gambleと共著)、『メディアと権力』(論創社、2007年)、『メディア・アカウンタビリティと公表行為の自由』(論創社、2009年)、『自由で責任あるメディア』(論創社、2008年)、『メディアへの希望 積極的公正中立主義からの提言』(論創社、2012年)、『メディアリテラシーとデモクラシー 積極的公正中立主義の時代』(論創社、2014年)、『メディア学の現在』(共編、世界思想社、2015年)など。

1980年代からテレビ制作に関わり、ファミリークイズやドキュメンタリー番組を作る。現在はCCTV(中国中央テレビ)英語国際放送などに衛星生中継で出演。専門はメディア社会論、国際コミュニケーション論。

Statement: Takesato Watanabe (as of May 2016)

Takesato Watanabe is Professor Emeritus,Doshisha University, Japan and President of the Kyoto Council on Media Studies and Political Science. After studying Journalism and Mass Communication at Doshisha University, he taught Journalism Ethics and Mass Communication Theory at that university for 25 years. He also acted as an advisor for International Department of The Japan Society for Studies in Journalism and Mass Communication. In his media career, he has been a TV coordinator for over thirty years, a newspaper columnist and a commentator for China Central TV since 2007. He has published over 25 books, including co-authored and edited volumes; also in English, A Public Betrayed: An Inside Look at Japanese Media Atrocities and Their Warnings to the West, published in the United States.

Among his major translations from English into Japanese are A Free and Responsible Press by the Commission on Freedom of the Press (1947) and Denis McQuail’s Media Accountability and Freedom of Publication (2003).

He wishes to contribute to making IAMCR a stronger organization that will play a role in preparing an information environment for world peace through media studies and practices.

Author: Takesato Watanabe, Professor Emeritus at Doshisha University, Japan.

Media & Information Analyst

渡辺武達(メディア・情報学者)

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