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第23回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年10月)

地域が語り部―平和池水害(ダム決壊)とメディア

発題者:中尾祐蔵氏(地域ジャーナリスト)
コメンテーター:十倉良一氏(京都新聞論説委員)
司 会:新村章氏(元KBS専務取締役)

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第23回月例会では中尾祐蔵氏(元京都新聞記者・現地域ジャーナリスト)が「地域が語り部−平和池水害(ダム決壊)とメディア」と題し、1951年に起きた平和池水害の記録と伝承の取り組みについて報告した。

 1951年7月11日未明、京都府亀岡地方は記録的豪雨に見舞われ、山中の農業用灌漑ため池「平和池ダム」が決壊し、鉄砲水となったダム湖の水が年谷川流域の集落を直撃した。亀岡地方だけで100人近い住民が犠牲者になり、京都市内を含めた死者総数は114人、負傷者238人、家屋全半壊268戸という戦後復興期の大規模災害であった。最大の被災地となった亀岡氏篠町柏原(かせばら:当時は南桑田群篠村字柏原)は全80戸のうち40戸が流出し、うち子供25人を含む住民75人が犠牲となった。中尾氏本人も被災した。

 中尾氏はこの大規模災害を紹介したのち、新聞やラジオなどの当時のメディア報道についても言及した。決壊の原因追求から大規模災害を人災と捉える報道も一部紙面には登場したものの、京都地検はダムの安全設計を超えた大雨が決壊の原因だと判断を下し、ダム決壊の責任を誰も取ることはなかったという。その後、平和池水害は忘れられていったが、水害発生50年をきっかけに住民の手によって災害記録づくりをしようとする機運が高まり、2002年に水害資料収集・編纂特別委員会が区内に設置され、資料収集と聞き取り調査が始まった。京都新聞丹波版でも中尾氏による「平和池水害54年目の証言−柏原75人の鎮魂歌」が2005年2月から1年間にわたって連載され、2009年3月には平和池水害の記録をまとめた『平和池水害を語り継ぐ-柏原75人の鎮魂歌』が自費出版された。

 中尾氏は、今後も災害について次世代に語り継いでいきたいと話した。2017年の京都府広報課が全戸配布した「府民だより6月号」に掲載されていた「府内の主な災害記録」にすら平和池水害が記載されていなかったが、府や市への働きかけにより9月1日「防災の日」に府南丹広域振興局が2市1町に配布した防災冊子で紹介された府災害記録表には「平和池水害」が記載されたという。最後に、中尾氏は次世代を担う子ども世代を巻き込んだ独自の防災教育を充実させる必要性について語った。

 中尾氏の報告を受けてコメンテーターの十倉良一氏(京都新聞論説委員)はマスメディアの取り組みとして、学者・研究者や行政機関、マスメディア関係者といった組織の垣根を超えた勉強会である「関西なまずの会」の活動や名古屋のマスメディアと研究者による懇話会「NSL (Network for Saving Lives)」、河北新報を事務局とする「みやぎ防災・減災円卓会議」を紹介した。また、十倉氏はマスメディアの現在の課題として、災害勉強会に若手記者をどのように引き込むかといった組織内の問題や、避難アナウンスが地域に届かないなどといった報道の課題について触れた。最後に、十倉氏は防災・減災のために専門家、行政、住民を橋渡しする役割をメディアが積極的に果たすべきだと述べた。
 
中尾氏と十倉氏の報告を受けて、会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。参加者からは「全国のローカル紙が連携して、災害の継承報道ができるような体制をつくっていく必要がある」という意見が出された。また、他の参加者は「災害記憶の継承として、メディアには災害の記憶をまちづくりなどに反映させる責任がある」と述べた。さらに他の参加者からは「新聞社の使命とは災害を伝えるだけにとどまるものではない。市民の命を守るということができてこそ、初めて新聞社は新聞社としての責任を果たしたと言える」という意見も出された。活発な議論を通して、災害継承報道の現状と課題が明らかになった。
(まとめ:京都メディア懇話会事務局長・阿部康人)

出席者感想1.
史料を丹念に掬い上げられ、更に一冊の本(「平和池水害54年目の証言―柏原75人の鎮魂歌」)に編まれた中尾様の執念ともいう凄まじい思いが感じられる御発題だった。
 
中尾様の集められた数々の検証から当時の事実が詳らかになっていくプロセスで、ため池とは名ばかりで、農林省の国策上、ため池という名を付けたダムなのだという確信こそが、読み応えのある本に昇華されていった証左だと思う。
 
現在、中尾様は地元小学校を巡って、この災害を伝える活動をしておられるが、行政の若い人に向けても、例えば、京都府庁や市役所の新人研修でも、同様の語り部活動を出前講座形式でされたら良いのではと思う。そして行政の研修プログラムに入り込むために、メディアの現役の方がそれを後押しできないだろうか。そうすれば中尾様が憤っておられた様な、今年の府民だよりに平和池災害が欠落していたというゆゆしき事態も改善できよう。
 
私は、昨年まで、日本宅とジャカルタ宅を行き来していた。当地インドネシアでは、やはりODAなどが主導し、日本の建設業者がしきりとダム建設を進めているのだが、農業用水・生活用水などの治水がよくなるその一方で、環境破壊や、無理な立ち退きなどから、地域住民の反対運動が起きているのも事実である。故・鶴見俊輔氏の姉、故・鶴見和子女史が唱えた、住民の民意をもってする「内発的発展」と外部からの資本や近代化政策による「外発的発展」という二つの基軸で街づくりを考えるとき、何が何でもダムを造ればよいという安易な外発的発展は、地元民にとって本当に良いのだろうか。責任の所在も含めて、今一度、街づくりの観点からも、ダム建設についてメディアが市民に考える材料を提供するべきだろう。
(永井るり子:立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想2.
 大阪空港で飛行機が宝塚方面へ離陸し、通常、宝塚・伊丹上空で左旋回する。そのときに左側に大きな池が見えてくる。「昆陽池」という8世紀前半に行基が築いた当時の農業ため池である。瀬戸内海の東端に位置する、筆者居住の兵庫県は全国のため池約19万箇所のうち、約3万8千箇所と日本一の数を誇る。当然、ため池の保全につき対策等が必要になってくる。

10月の研究会は、中尾祐蔵さんの地元、亀岡市で起こった平和池の水害発生に関する事実検証の取組みのお話であった。過去の災害に関して自治体の災害誌や新聞社の災害記録・報道写真、あるいは研究者の災害研究の報告はよく見かける。しかし、被災した地域の住民自らが、災害の記録を編纂し出版する事例は少ない。本研究会のベースは1951(昭和26)年7月11日に亀岡市篠町柏原(かせばら)で起こった水害である。同日、上流のかんがい用のため池ダム・平和池が梅雨前線による記録的豪雨で決壊、鉄砲水となって柏原地区を襲い、75名が犠牲となった。

水害発生の50年後、被災の記憶の風化が進む中で、住民の間から災害記録づくりをやろうという機運から出てきた。中尾さんは、京都新聞社の現役時代に身に着けた新聞記者という「1.5人称」の立場から、2005年2月に京都新聞丹波版で「平和池水害54年目の証言」の連載を始め、これが新たな証言、資料集めにつながっていった。2009年3月の記録本の出版後もフフォローアップとしての地元での災害伝承活動は続いている。

地元住民による災害記録の発信には、被災の経験から裏打ちされた様々な防災・減災の知恵や教訓が織り込まれている。災害のリスク低減をめざすためには、これらの知見を今後の防災計画や事業に「住民協働」というかたちで積極的に活用することが重要であり、そのためにメディアが「媒介」役を担うことが重要となってくる。冒頭の兵庫県の事例では、ハザードマップの作成・公表もはじまり、「予防保全」の観点からの活動もはじまっているが、こういう資料活用もメディアと「公」の緊張関係があるからこそ、生きたものになると考える。

地域に埋もれかけた被災の伝承や災害にまつわる伝承。この活用に当たって地域住民自身がアーカイブして継承していく意義は大きい。中尾さんが進めた地域住民が主体となって編纂する災害記録の集成は今後、重要な資料になると考える。
(森井雅人 大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

出席者感想3.
 『語り継ぐ』ということ―『書き残す』ということ
 かつての仕事仲間、中尾祐蔵さんに会いたくて京都メディア懇話会に出掛けた。久しぶりに見る70代半ばの中尾さんは、私の知る懐かしい風貌に穏やかさを増した現役のジャーナリストだった。

 この日のテーマは「平和池水害を語り継ぐ」というタイトル。正直な話、数十年前の記者時代に「亀岡の水害」と聞いたことはあるが、南山城水害(昭和28年)を取材した先輩の苦労話ほどの関心はなく、実態はまるで知らなかった。まして中尾さんが小学校2年でその水害に遭い、生き残ったことも…。彼の語るその真実に、80歳を過ぎてボケかけた頭はガツンと殴られた。

 約2時間、映像や資料をもとに語られ、質疑応答で明かされた水害の実像―戦後の復興期に灌がい用溜め池として造られたアースダムが完成2年後の1951(昭和26)年7月の豪雨で決壊、下流域の柏原集落を全滅させ、住民75人の命を奪った「カセバラの悲劇」の凄まじさ、さらに事後の責任追及もうやむやに…という現実に驚く。

 行政にまともな記録もなく、地元の子供らさえほとんど知らない。資料の中に「風化」「封印」の文字がある。災害から50年後の今世紀初め、退職前の中尾さんら住民の手で記録づくりが始まった。京都新聞丹波版の連載記事「54年目の証言」などあって、2009(平成21)年春に「平和池水害を語り継ぐ―柏原75人の鎮魂歌」の大冊が地元負担で出版の運びとなった。

 コツコツ資料集めから関係者の聞き取り、とりわけ親や妻子を失い、辛い思いに耐えて生きてきた80代の古老の生の声を収録できたのは貴重だ。いま水害伝承の会を担う中尾さんは言う。まず「知ること、知らせること」の大切さ。大仕事の成果をふまえ、会のメンバーは手分けして地域の小、中学校や、広く防災講演に励んでいる。このところ全国で局地豪雨の災害が相次ぎニュースとなる折、まことに意義ある活動だ。

 そんなとき、京都府が全戸に配る今年の「府民だより6月号」で、府内の主な災害記録に「南山城水害」前の「平和池水害」が欠けていたのはショックだった。地元の小学生が自主的な紙芝居づくりで活動に協力してくれるのに…。命を守る防災の基本は①知ること②備えること③伝えること―と、力説する中尾さんだった。
古家和雄 京都新聞OB)
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プロフィール

twatanab

Author:twatanab
本人略歴

渡辺武達(わたなべ たけさと) Takesato Watanabe, Japan
愛知県生まれ。同志社大学教授(社会学部メディア学科)を経て、現在、同志社大学名誉教授、日本セイシェル協会理事長、京都メディア懇話会会長。国際メディア・コミュニケーション学会国際理事、国内、国外での講演・執筆活動やテレビ出演、セイシェル関連でのテレビ番組コーディネイター等をしている。

メディア関係の社会活動として、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター代表(2003-7)、関西テレビ番組審議会委員(1996-2010)。京都新聞報道審議会委員(2000-2015)、など。(2016年9月現在)

Takesato Watanabe: Professor Emeritus at Doshisha University, Japan, Media& Information AnalystPresident of Kyoto Council on Media Studies and PoliticalScience=CMSPS)Kyoto International Council of International Association for Media and Communication Research=IAMCR Chairman of Japan-Seychelles Friendship Association (As of September2016)

著訳書:『ジャパリッシュのすすめ(朝日新聞社、1983年)、『テレビー「やらせ」と「情報操作」』(三省堂、1995年)、『メディア・トリックの社会学』(世界思想社、1995年)、『メディアと情報は誰のものか』(潮出版社、2000年)、“A Public Betrayed”(『裏切られた大衆』(2004年、米国Regnery刊、A. Gambleと共著)、『メディアと権力』(論創社、2007年)、『メディア・アカウンタビリティと公表行為の自由』(論創社、2009年)、『自由で責任あるメディア』(論創社、2008年)、『メディアへの希望 積極的公正中立主義からの提言』(論創社、2012年)、『メディアリテラシーとデモクラシー 積極的公正中立主義の時代』(論創社、2014年)、『メディア学の現在』(共編、世界思想社、2015年)など。

1980年代からテレビ制作に関わり、ファミリークイズやドキュメンタリー番組を作る。現在はCCTV(中国中央テレビ)英語国際放送などに衛星生中継で出演。専門はメディア社会論、国際コミュニケーション論。

Statement: Takesato Watanabe (as of May 2016)

Takesato Watanabe is Professor Emeritus,Doshisha University, Japan and President of the Kyoto Council on Media Studies and Political Science. After studying Journalism and Mass Communication at Doshisha University, he taught Journalism Ethics and Mass Communication Theory at that university for 25 years. He also acted as an advisor for International Department of The Japan Society for Studies in Journalism and Mass Communication. In his media career, he has been a TV coordinator for over thirty years, a newspaper columnist and a commentator for China Central TV since 2007. He has published over 25 books, including co-authored and edited volumes; also in English, A Public Betrayed: An Inside Look at Japanese Media Atrocities and Their Warnings to the West, published in the United States.

Among his major translations from English into Japanese are A Free and Responsible Press by the Commission on Freedom of the Press (1947) and Denis McQuail’s Media Accountability and Freedom of Publication (2003).

He wishes to contribute to making IAMCR a stronger organization that will play a role in preparing an information environment for world peace through media studies and practices.

Author: Takesato Watanabe, Professor Emeritus at Doshisha University, Japan.

Media & Information Analyst

渡辺武達(メディア・情報学者)

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