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メディアと社会:ジャーナリズムの倫理と責任  その4                     2018年3月7日(水)記

パラリンピック部門(2018.3.8―18)開始前だがメディアビジネスの対象となるピョンチャン(平昌)冬季五輪のメイン部門(2月9日–25日)が終わった。しかしその余波で今も「感動」を与えてくれた」選手の帰国風景、おまけに国民栄誉賞(People's Honor Award)の大盤振る舞いまでついて、彼ら彼女らへのインタビューでの局アナや解説員たちの発言、ゲーム回顧の報道がいている。

若い世代を中心に一般テレビ放送視聴が激減している中での五輪はまさにキラーコンテンツだ。それはメディア関係者が生活するため、報道される側も次回大会までの支援者(所属企業)探し(もしくは契約更新)にそして言わずもがな、スポンサーには選手が優勝するたびに所属企業名がテレビ画面に大写しになるのだから関係者全員のメリットになる。というように、全関係者にとって活躍した選手たちが放映素材になることは大事だろう。くわえて、視聴者にとっても五輪選手たちの「カミワザ」(常人には神様に見える演技)が「感動」の連呼となり、はしばしの息抜きに必要なのは確かだろう。

だが、私にとってはその中で、何が失われていったのかを記しておくこともひとしく大事なのだ。政治の現場ではだが、何が起きているかを知らされなかったのが戦前であったが、現在の国民は五輪報道で時間を奪われた知るべきことを知ることができないという仕組みは、「洗脳された戦前の国民」と「知る時間を奪われた現在の国民」とはともに「知らない」・・・つまり「愚民」にされているという点ではおなじではなかろうか?

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☆ビデオリサーチ調査によれば、五輪2連覇のヒーロー羽生結弦選手が金メダルを取った日の視聴率は驚異的で、フィギュアスケート男子フリー中継番組の平均視聴率(NHK総合、17日午後)は関東地区で33.9%、関西地区で31.7%、羽生選手の出身地の仙台地区ではなんと41.2%!!

瞬間最高視聴率は関東地区が46.0%で羽生選手の金メダル、宇野昌磨選手の銀メダルが確定した直後、コーチらと喜び合う場面だったそうだ。関西地区は44.6%、仙台地区は56.0%。小平奈緒選手が金メダルを獲得したスピードスケート女子500メートルの平均視聴率(TBS系、18日夜)は、関東地区が21.4%、関西地区が20.5%、瞬間最高視聴率は関東地区が34.6%、関西地区が36.5%だったとか。

しかしだ・・・繰り返すがこうしたメディア状況は長い目で見て日本社会のためになっているのだろうか?
メディア倫理と社会論としていえば、いずれもそれらはメディア企業とその関連組織(イベント・広告業界etc.)にとってはいうまでもなく純粋なビジネス。そして大半の視聴者にとっては「感動した!」が連発できる娯楽だが、幼稚園児や小中学生にとってはいつかは自分が出たい・・・その親にとってはいつかは自分もその親になりたい・・・との感情を確実に刺激している。スポーツが国民体育の向上をそっちのけにしてそうした感情だけの利用になっているのは、金メダリストに「国民栄誉賞」を与えて「作り上げた」視聴者目線に迎合し、それを自らへの批判軽減に利用しているのが政権政党とそのリーダーである首相安倍晋三氏の取り巻き連中だということに象徴的だ。

ならば、ここではそうした華々しい競技スポーツの裏側で何がおきているのかをも同時に知っておきたい。

第1は五輪を代表とするチャンピオンスポーツにおける現場の暗部である。

メダリストの「登場=生産」の影での暗い現実に私たちはすこしは目を向けておきたい。最近の事件報道から例をとれば、ある元女子マラソンランナーが万引き事件を起こした。 → https://mainichi.jp/articles/20171109/ddm/041/040/122000c

 その女性は摂食障害に陥っていたが「陸上長距離のほかフィギュアスケートや体操など体形や体重の維持が必要な種目が危険だ。日本では全く知識のないコーチが多く、対策が遅れている」(専門家の話)。また彼女は事件当時の心境を公判で「防犯カメラが視界に入り店員とも目が合ったが(私生活の悩みや万引きの衝動から)解放されたいと思った」と語ったという。しかも、摂食障害に由来する万引きは「無防備で衝動的に盗み、盗んだ記憶がなく、金銭は持っているという事例が多い」(日本摂食障害学会理事の鈴木真理・政策研究大学院大教授)という。駅伝選手などはコーチなどから「「痩せろ」「食べるな」と言われ続けているのが実情だとも・・・。

そうした訓練で幸いにして勝ち残ったものの頂点の一部メダリストなのだ。つまり、お金と時間に余裕がある家庭だけが小さいころから子どもをプロのコーチや訓練センターに送り迎えし、そのなかの才能があり、運のよかったほんの一部だけがメダリストになっているにすぎないというわけである。

第2は報道がスポーツの社会的誤解を作ってるという事実がある。

訓練の現場がそうした状況なのに、五輪のような「娯楽」キラーコンテンツが国民・視聴者の貴重な時間、とりわけ、それがなければ少しは考えるであろう「社会と政治の矛盾」とその起因者/起因責任(causal responsibility)を考える時間を奪ってしまっている。もちろん、社会現象にはすべてのことに表と裏があり、私は五輪報道が視聴者のスポーツへの関心を高め、それがスポーツ基本法(平成23年法律第78号、スポーツ振興法(昭和三十六年法律第百四十一号の改正)の実現に貢献している面があることは私も認める。しかし、五輪報道に代表される報道・報告・記事が日本人がまじめに物事を考える時間を奪い、社会にとっては却ってマイナスになっている、すくなくとも「現行のスポーツ」あまりにも美化し、実態をゆがめ、あまつさえ選手を芸能人化しているのではないか・・・ということである。
たとえば、以下の写真のメダリストたちは「芸能タレント」そのものだろう。

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女子フイギュア一位ザギトワ、2位とメドベージェワ、3位オズモンド(カナダ)

金メダリストの羽生結弦選手やロシアからの個人参加者ザギトワ選手、2位とメドベージェワ選手らがこれまでに想像を絶する練習、鍛錬を積んできたことは尊敬に値する。しかしテレビが提供する彼や彼女が実質的に果たしている役割はアイドルのそれとまったく変わらない。

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そのことを如実に示しているのが上の写真。

カーリングはすばらしいし、筆者も北海道の阿寒湖で実際にストーンをなげたことがある。だが今回の五輪女子で銅メダルを取ったチームのエースが美人だということで、韓国メディアが自国の人気女優と並べてそれを報道し、その人気を読者サービスとして使ったという。両国間の無益の対立の緩衝材としてはよいが、韓国でも日本でも、いや世界的にスポーツがポピュリズム(populism)の本当の意味である「民衆を賢くするという意味での民衆中心主義・大衆中心主義」への貢献をしているとは思えない。

ものをじっくりと考えない人たちを作り出し、政治利用するという意味での「大衆依存主義」は文字通り「衆愚政治」そのもので、その典型が安倍一強政治の実相だとすれば寒気がしてくる。もっとも、「スポーツなんてそんなもんだ」といえばそれまでだが、スポーツをそんなふうに利用し、国民を結果としてだまし、愚弄し、その拡大再生産を発信はネット、SNS中心の人たちに一面的な情報を提供しながら自主発信させ、「愚民」を拡大再生している「メディア」の罪は軽くはない。(この項つづく)

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プロフィール

twatanab

Author:twatanab
本人略歴

渡辺武達(わたなべ たけさと) Takesato Watanabe, Japan
愛知県生まれ。同志社大学教授(社会学部メディア学科)を経て、現在、同志社大学名誉教授、日本セイシェル協会理事長、京都メディア懇話会会長。国際メディア・コミュニケーション学会国際理事、国内、国外での講演・執筆活動やテレビ出演、セイシェル関連でのテレビ番組コーディネイター等をしている。

メディア関係の社会活動として、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター代表(2003-7)、関西テレビ番組審議会委員(1996-2010)。京都新聞報道審議会委員(2000-2015)、など。(2016年9月現在)

Takesato Watanabe: Professor Emeritus at Doshisha University, Japan, Media& Information AnalystPresident of Kyoto Council on Media Studies and PoliticalScience=CMSPS)Kyoto International Council of International Association for Media and Communication Research=IAMCR Chairman of Japan-Seychelles Friendship Association (As of September2016)

著訳書:『ジャパリッシュのすすめ(朝日新聞社、1983年)、『テレビー「やらせ」と「情報操作」』(三省堂、1995年)、『メディア・トリックの社会学』(世界思想社、1995年)、『メディアと情報は誰のものか』(潮出版社、2000年)、“A Public Betrayed”(『裏切られた大衆』(2004年、米国Regnery刊、A. Gambleと共著)、『メディアと権力』(論創社、2007年)、『メディア・アカウンタビリティと公表行為の自由』(論創社、2009年)、『自由で責任あるメディア』(論創社、2008年)、『メディアへの希望 積極的公正中立主義からの提言』(論創社、2012年)、『メディアリテラシーとデモクラシー 積極的公正中立主義の時代』(論創社、2014年)、『メディア学の現在』(共編、世界思想社、2015年)など。

1980年代からテレビ制作に関わり、ファミリークイズやドキュメンタリー番組を作る。現在はCCTV(中国中央テレビ)英語国際放送などに衛星生中継で出演。専門はメディア社会論、国際コミュニケーション論。

Statement: Takesato Watanabe (as of May 2016)

Takesato Watanabe is Professor Emeritus,Doshisha University, Japan and President of the Kyoto Council on Media Studies and Political Science. After studying Journalism and Mass Communication at Doshisha University, he taught Journalism Ethics and Mass Communication Theory at that university for 25 years. He also acted as an advisor for International Department of The Japan Society for Studies in Journalism and Mass Communication. In his media career, he has been a TV coordinator for over thirty years, a newspaper columnist and a commentator for China Central TV since 2007. He has published over 25 books, including co-authored and edited volumes; also in English, A Public Betrayed: An Inside Look at Japanese Media Atrocities and Their Warnings to the West, published in the United States.

Among his major translations from English into Japanese are A Free and Responsible Press by the Commission on Freedom of the Press (1947) and Denis McQuail’s Media Accountability and Freedom of Publication (2003).

He wishes to contribute to making IAMCR a stronger organization that will play a role in preparing an information environment for world peace through media studies and practices.

Author: Takesato Watanabe, Professor Emeritus at Doshisha University, Japan.

Media & Information Analyst

渡辺武達(メディア・情報学者)

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